一章 なつかしの海 4


「どうも。お世話になります。大勢で押しかけてきて、すいません」

 猛が頭をさげるんで、僕も、ぺこんとおじぎした。

「よろしくお願いします!」


 とつぜんって言っても、ちゃんと、秀作おじさんには連絡して、二週間ばかし滞在する許可をもらってある。急に押しかけるほど、非常識じゃない。


 はてさて。

 こういうとこに来れば、待ってるのは、海の幸てんこ盛りの歓待だ。


 夕食には、みんなが、そろっていた。

 このうちの現在の住人は、秀作おじさん。

 息子の颯斗はやとくん。十五さい。

 秀作おじさんのお母さんのほまれさん。八十すぎのおばあちゃんだ。おばあちゃんのことは、おぼえてる。


 直幸おじさん。

 奥さんの和歌子さんと、娘の海歌ちゃん。


 それと、夏休みで遊びに来てるのは、秀作おじさんの娘、優香さん(僕らのイトコで、あっちゃんのお姉さん)の娘の友香ゆうかちゃん。十さい。


 秀作おじさんの息子の颯斗くんと、孫の友香ちゃんの年が、やけに近いのには、事情がある。

 颯斗くんは養子だ。ほんとは、直幸さんの息子なんだけど、跡取りのあっちゃんが亡くなっちゃったから、かわりに秀作おじさんの養子になった。


「二人とも大きくなったなあ。おれたちが年とるはずやな」

「もう、猛なんか、道で会っても誰かわからんな」


 おじさん二人は、おおっぴらに酒盛りできるんで、大喜び。


「ごぶさたして、すいません。おばさんが亡くなったときには来たかったんですが、祖父の葬儀とかさなってしまって……」

「あのときは、こっちこそ、すまんかったなあ。子ども二人で、ちゃんとやれるんかなと、心配しとったんだが。まあ、こんなに大きくなってるとは思っとらんかったしな」


 他愛もない会話で夜はふける。


 蘭さんは、もう、ウズウズだ。

 巫女溺死事件の話が聞きたくて、しょうがないのだ。


「猛さん。あのこと、聞いてよ」と、耳打ちするのが、僕の耳にも届いた。


 時刻は十一時すぎ。

 子どもたちは、追いはらわれて、十二畳の広い座敷から、いなくなっていた。

 蘭さんの麗しさに、女の子も男の子も、さっきまで、ぼうぜんとなってたんだけどね。やけに、おとなしかったのは、きっと、そのせいだ。


 これで、やっと、ディープな話ができる。


「じつは、フェリーのなかで聞いたんですが、去年の祭りのとき、巫女が亡くなったそうですね? 溺死って話ですが、ほんとですか?」


 秀作おじさんと直幸おじさんは顔を見あわせた。

 二人は、蘭さんの存在に戸惑いをかくせない。僕らの友達だってことは、すでに紹介ずみなんだけど。


 そもそも、美しすぎる蘭さんを、どうあつかっていいんだか持てあましてるみたいだ。

 あんまり、ジロジロ見てもいけないだろうし、男? 男か? いや、女か?——みたいな、そんな戸惑いだ。


「大丈夫です。蘭はこう見えて口はかたいんで」


 こう見えてって、なんなんだ。

 あとで、蘭さんが、すねるじゃないか。


 しかし、ともかく、おじさんたちは話しだした。


「あれは不思議な事件だった」

「うん。事故だとは思うがなあ」


 二人で思いだしながら話してくれたところによると、こうだ。


 被害者は、南咲良みなみさくら。当時、十五さい。翌年には、本州の高校に通う予定だった女の子だ。


 竜神祭は大漁を祈願するお祭りだ。

 毎年、十さいから十五さいの島の女の子が一人、巫女に選ばれる。

 去年の巫女は、南咲良だった。


 巫女は祭りの夜、海岸沿いにある洞くつに、一晩、たった一人で、こもる。その洞くつの奥には、竜神のほこらがあり、そこで祈りをささげるのだ。


 でも、この洞くつってのが難物だ。

 僕らも子どものころ、遊びにいったことがある。

 昼間は、まあ、どうってことない岩場の海岸。透き通る海水の下に、海の底が、ゆらゆら。魚がいっぱいいて、とっても、きれいだった。


 ところがだ。

 この洞くつ、夜がふけ満潮になると、海水が侵入してくる。ほこらのある祭壇までは水が来ないらしい。例年は、巫女の身に、とくに別状はなかった。


 去年の祭りも、天候は良好だった。

 大潮でもなく、台風でもなく、悪いことの起こるファクターは、まったくなかったという。


 それなのに、翌朝、迎えが行ったときには、南咲良は死んでいた。


「その咲良って子が、なんらかの理由で、自分で水のなかに入ったってことですか?」


 たずねるのは、猛。

 こういう事件の話は、いつも猛に任せてる。

 こう見えて(こう見えてってのは、こういうときに使うもんだ。兄ちゃんよ)、猛は、とても優秀な探偵なのだ。


 秀作おじさんは首をふった。

「さあねえ。そこまでは誰にもわからんけどなあ。なんせ、巫女は夜中じゅう、一人でこもっとるけえな」


 まあ、そうか。

 目撃証言がないことには、なんとも言えないよね。


 猛は食いさがる。

「警察が調べたんでしょう? なんて言ってました?」

「警察は事故死と言ったらしい」


 つまり、遺体に溺死以外の要因は見られなかったってことか。


 蘭さんの興味が薄れつつあるのが、目つきでわかった。ちょっと、ガッカリしてる。どうあっても、殺人事件であってほしいんだろう。


 しかし、そこで、秀作おじさんは気になることを言った。


「まあ、事故なんだろうなあ。警察が言うからには。それにしても裸になることはなかろうになあ」


 ふたたび、蘭さんの瞳が、キラン!

「裸?」


 蘭さんの美しい口から、裸と聞いて、おじさんはうろたえた。

「そ、そう……咲良ちゃんは服をきてなかったんだと。下着姿だったって話だなあ」


 蘭さん、麗しのおめめをそんなことで、キラキラさせないの。まったく、困った人だ。


 猛は口もとに、にぎりこぶしをあてた。これは兄の考えるときのポーズだ。


「それって、誰かにぬがされたとか、イタズラされたような形跡はあったんですか?」と、聞く。


「いや。遺体は、あちこちを岩で打っとったらしい。そんなことまでは、わからんのじゃないか。そうじゃなくても、海水に長いこと、つかってればなあ」

「なるほど」


 僕は溺死体って見たことない。けど、ふくらんだり、魚につつかれたり、けっこう凄惨らしいね。


 そのとき、とつぜん、秀作おじさんが大声をだした。


「コラッ。颯斗。大人の話を立ち聞きするもんじゃない。もう寝らんか」


 ふすまが少しあいていた。

 すきまから、さっと人影が遠のき、走りさっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る