一章 なつかしの海 4
「どうも。お世話になります。大勢で押しかけてきて、すいません」
猛が頭をさげるんで、僕も、ぺこんとおじぎした。
「よろしくお願いします!」
とつぜんって言っても、ちゃんと、秀作おじさんには連絡して、二週間ばかし滞在する許可をもらってある。急に押しかけるほど、非常識じゃない。
はてさて。
こういうとこに来れば、待ってるのは、海の幸てんこ盛りの歓待だ。
夕食には、みんなが、そろっていた。
このうちの現在の住人は、秀作おじさん。
息子の
秀作おじさんのお母さんの
直幸おじさん。
奥さんの和歌子さんと、娘の海歌ちゃん。
それと、夏休みで遊びに来てるのは、秀作おじさんの娘、優香さん(僕らのイトコで、あっちゃんのお姉さん)の娘の
秀作おじさんの息子の颯斗くんと、孫の友香ちゃんの年が、やけに近いのには、事情がある。
颯斗くんは養子だ。ほんとは、直幸さんの息子なんだけど、跡取りのあっちゃんが亡くなっちゃったから、かわりに秀作おじさんの養子になった。
「二人とも大きくなったなあ。おれたちが年とるはずやな」
「もう、猛なんか、道で会っても誰かわからんな」
おじさん二人は、おおっぴらに酒盛りできるんで、大喜び。
「ごぶさたして、すいません。おばさんが亡くなったときには来たかったんですが、祖父の葬儀とかさなってしまって……」
「あのときは、こっちこそ、すまんかったなあ。子ども二人で、ちゃんとやれるんかなと、心配しとったんだが。まあ、こんなに大きくなってるとは思っとらんかったしな」
他愛もない会話で夜はふける。
蘭さんは、もう、ウズウズだ。
巫女溺死事件の話が聞きたくて、しょうがないのだ。
「猛さん。あのこと、聞いてよ」と、耳打ちするのが、僕の耳にも届いた。
時刻は十一時すぎ。
子どもたちは、追いはらわれて、十二畳の広い座敷から、いなくなっていた。
蘭さんの麗しさに、女の子も男の子も、さっきまで、ぼうぜんとなってたんだけどね。やけに、おとなしかったのは、きっと、そのせいだ。
これで、やっと、ディープな話ができる。
「じつは、フェリーのなかで聞いたんですが、去年の祭りのとき、巫女が亡くなったそうですね? 溺死って話ですが、ほんとですか?」
秀作おじさんと直幸おじさんは顔を見あわせた。
二人は、蘭さんの存在に戸惑いをかくせない。僕らの友達だってことは、すでに紹介ずみなんだけど。
そもそも、美しすぎる蘭さんを、どうあつかっていいんだか持てあましてるみたいだ。
あんまり、ジロジロ見てもいけないだろうし、男? 男か? いや、女か?——みたいな、そんな戸惑いだ。
「大丈夫です。蘭はこう見えて口はかたいんで」
こう見えてって、なんなんだ。
あとで、蘭さんが、すねるじゃないか。
しかし、ともかく、おじさんたちは話しだした。
「あれは不思議な事件だった」
「うん。事故だとは思うがなあ」
二人で思いだしながら話してくれたところによると、こうだ。
被害者は、
竜神祭は大漁を祈願するお祭りだ。
毎年、十さいから十五さいの島の女の子が一人、巫女に選ばれる。
去年の巫女は、南咲良だった。
巫女は祭りの夜、海岸沿いにある洞くつに、一晩、たった一人で、こもる。その洞くつの奥には、竜神のほこらがあり、そこで祈りをささげるのだ。
でも、この洞くつってのが難物だ。
僕らも子どものころ、遊びにいったことがある。
昼間は、まあ、どうってことない岩場の海岸。透き通る海水の下に、海の底が、ゆらゆら。魚がいっぱいいて、とっても、きれいだった。
ところがだ。
この洞くつ、夜がふけ満潮になると、海水が侵入してくる。ほこらのある祭壇までは水が来ないらしい。例年は、巫女の身に、とくに別状はなかった。
去年の祭りも、天候は良好だった。
大潮でもなく、台風でもなく、悪いことの起こるファクターは、まったくなかったという。
それなのに、翌朝、迎えが行ったときには、南咲良は死んでいた。
「その咲良って子が、なんらかの理由で、自分で水のなかに入ったってことですか?」
たずねるのは、猛。
こういう事件の話は、いつも猛に任せてる。
こう見えて(こう見えてってのは、こういうときに使うもんだ。兄ちゃんよ)、猛は、とても優秀な探偵なのだ。
秀作おじさんは首をふった。
「さあねえ。そこまでは誰にもわからんけどなあ。なんせ、巫女は夜中じゅう、一人でこもっとるけえな」
まあ、そうか。
目撃証言がないことには、なんとも言えないよね。
猛は食いさがる。
「警察が調べたんでしょう? なんて言ってました?」
「警察は事故死と言ったらしい」
つまり、遺体に溺死以外の要因は見られなかったってことか。
蘭さんの興味が薄れつつあるのが、目つきでわかった。ちょっと、ガッカリしてる。どうあっても、殺人事件であってほしいんだろう。
しかし、そこで、秀作おじさんは気になることを言った。
「まあ、事故なんだろうなあ。警察が言うからには。それにしても裸になることはなかろうになあ」
ふたたび、蘭さんの瞳が、キラン!
「裸?」
蘭さんの美しい口から、裸と聞いて、おじさんはうろたえた。
「そ、そう……咲良ちゃんは服をきてなかったんだと。下着姿だったって話だなあ」
蘭さん、麗しのおめめをそんなことで、キラキラさせないの。まったく、困った人だ。
猛は口もとに、にぎりこぶしをあてた。これは兄の考えるときのポーズだ。
「それって、誰かにぬがされたとか、イタズラされたような形跡はあったんですか?」と、聞く。
「いや。遺体は、あちこちを岩で打っとったらしい。そんなことまでは、わからんのじゃないか。そうじゃなくても、海水に長いこと、つかってればなあ」
「なるほど」
僕は溺死体って見たことない。けど、ふくらんだり、魚につつかれたり、けっこう凄惨らしいね。
そのとき、とつぜん、秀作おじさんが大声をだした。
「コラッ。颯斗。大人の話を立ち聞きするもんじゃない。もう寝らんか」
ふすまが少しあいていた。
すきまから、さっと人影が遠のき、走りさっていった。
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