三章 海の密室 1
変死した女の子の実家は、やはり、重苦しい空気だ。
女の子の父親は、すでに漁に出かけていて留守だった。家にいた母親の絢子さんが、僕らを出迎えた。
知り合いの戸渡さんはともかく、僕らなんて、完全に初対面なんだけど。
思ったとおり、僕らを見た瞬間の絢子さんの顔つきは迷惑そうだった。が、それは、猛が、こう切りだすまでだ。
「ごぶさたしてます。おぼえておられるかどうか、わかりませんが。おれたち、加納さんの親類の東堂です。子どものとき、しばらく、こっちに遊びにきていました」
さすがは、もと網元だ。まだ権威ってあるんだね。
昔みたいに網を貸したりはしてないけど、加納家は今でも漁船を数隻持ってて、島民をやとってるらしいしね。漁業組合とかでも、トップなんだろう。
加納家の親せきって聞いたとたん、絢子さんの対応が、ムチャクチャ丁寧になった。
「どうぞ。どうぞ。入ってください。そうですか。仏壇に線香を——いいですよ。あがってください。お茶、おだししますね」と、この調子だ。
ありがたいけど、なんか申しわけないなあ。
猛は、ちゃっかり、それを計算に入れてたみたいだけど。
むしろ、戸渡さんのほうがビックリしてる。
「君らの親せきって、網元さんなのか!」
「そうですよ。言ってなかったですか?」
言ってなかったよ。猛。かくしてたんだろ? なんでか知らないけど、猛は、戸渡さんのことが気にくわないみたいだから。
僕らは仏間に通された。
いくつもの古い遺影にまじって、制服を着た女の子の遺影がかかっている。
これが、溺死した咲良さんって子か。なかなかの美少女。
遺影は入学式か卒業式かなんかの記念写真を使っているようだ。やや緊張した表情のセミロングの女の子だ。
切れ長の一重まぶたなのに、まつげの長い大きな瞳が印象的。東京でも歩いてたら、すぐにもスカウトされそう。
若い子が亡くなるのは、どんな理由でも痛ましい。それにしても、こんなキレイな子が亡くなってしまうなんて、遺族はやりきれないだろうな。
遺影を見たことで、急に事件が現実味をおびた。事故にしても、謎が多いっていうし、遊びじゃなく、本気でなんとかしてあげたいなあと思う。
僕らは、じゅんぐり位牌に手をあわせた。
そのあと、絢子さんがお茶を運んできてくれた。
絢子さんが真顔で蘭さんに釘づけなのは、まあしかたないだろう。ほんとに、海からあがってきた真珠の精みたいな美形だからね。
それにしても、見とれて、ぼうっとしてるようでもないんだけど。まじまじと凝視する感じなのが、なんか怖い。
そういえば、颯斗くんも、こんな感じの目で、蘭さんのこと見てたなあ。いや、颯斗くんは僕や猛のことも、こんな目で見てた……。
猛は湯のみを手にしたものの、飲むことができない。ヤツは猫舌だ。湯のみをもどすと話をきりだした。
「もうじき、一年になりますね。娘さんが亡くなってから。聞きにくいことをいくつか聞いていいですか?」
「なんでしょう?」
「娘さんは事故で亡くなったということですが、本当ですか? 」
「ええ……そうだと思います。警察の人も、そう言いました」
絢子さんは、とまどっている。
一年なんて、子どもを亡くした親にとっては、かんたんに悲しみの癒える年月じゃない。あんまり、話したいふんいきではなかった。
猛は、そういうのを察するのは長けている。
「すみません。もしも、事件性があるようなら、犯人を捕まえたいと思いまして。じつは、私立探偵なんです。もちろん、依頼料はいりません。親せきの家の近くで、こんな悲しいことがあったので、なんだか、ほっとけなくなりまして」
ああ……蘭さんのヒマつぶしとは言えないからね。
絢子さんは信じたのかどうか。
まだ、かたい表情をしている。
だが、次に口をひらいたときには、決心したような顔になっていた。
「咲良のことは、事故だと思うんです。咲良は誰かに恨まれるような子じゃなかった。ほんとに優しい、いい子でした。なぜ、夜中に海で泳ごうとしたのかは、わかりませんが……。でも、もしも何かあるとしたら、あのことが関係してると思います」
「あのこと?」
「はい。じつは……島の子が何人か、行方不明になってるんです。ここ数年のあいだに」
僕らは、たがいの目を見あわせる。
そんな話、初めて聞いた。
「行方不明にですか? それは海難事故などで?」
「いいえ。高校に行ってる子が何人か。警察は家出だと言っています」
「つまり、島の外でですか?」
絢子さんは、うなずく。
「高校に行ってるはずなのに、連絡がとれなくなって、それっきりだそうです。あとは島のなかでも、二人。一人は冬場でしたから、海で遊ぶことなんて、あるはずない時期でした」
「正確には何人ですか? できれば、全員の名前を教えてください」
「ちょっと待ってください。紙、持ってきます」
絢子さんは、いったん仏間を出ていき、メモとボールペンを持ってきた。指折り数えながら、行方不明の子どもの名前を記す。
「これだけです」
渡されたメモを見て、猛はつぶやく。
「六人ですか」
六人が行方不明? こんな小さな島で?
それは異常じゃないか。
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