三章 海の密室 2
猛はメモをながめたあと、ポケットにしまった。
「ところで、咲良さんのご遺体が見つかったときの状況なんですが。最初に見つけたのは、どなたでしたか?」
そくざに返事がある。
「夫です。夫は洞くつの入口を夜どおし船で見守っていました」
「入口を船で……ということは、夜中に洞くつに出入りする人がいれば、必ず気づいたということですね?」
「そうです。そのことは警察にも聞かれたようです。でも、夫は誰も見なかったと言っています」
「竜神祭では、夕方まで、男衆が洞くつの入口にいますよね。そのときには咲良さんに異変はなかった」
「はい」
「そして、そのあと、みんなが去ってから夜明けまで、ずっと、ご主人が入口を見張っていた」
「それが慣習なんです。巫女役の子の親が、かならず見守ります」
「そうですよね。中学生を一晩中、一人で、あんな場所に、ほっとくのは心配でしょうから」
にぎりこぶしを作って、猛は口元にあてる。
あれ? どうしたんだろう?
これは猛の考え中のクセだ。これが出るってことは、真剣に考えてる証拠だ。
「つまり、島の人たちが去ってから、夜明けまで、洞くつは誰にも近づけない密室だった。そして、目撃者は、もっとも、その証言を信頼できる父親だった」
なるほど! それか。密室——
たしかに、夜中には道が消えるし、船の上から見張ってる人がいたんなら、それはもう密室と言っていい。
だけど、咲良さんは溺死だよね?
自分で泳いで、おぼれちゃったんなら、それは事故だ。密室も何も、関係ないんじゃないか?
絢子さんも、そう思ってるようだ。
「だから、事故なのは、まちがいないと思うんですよ。咲良らしくはないと思うけど……そういうムチャをする子じゃなかったので」
「咲良さんらしくはなかった……」
「咲良は友だちが、ふざけて危険なことをしていれば、注意するほうの子でした。あの年にしては、しっかりしてるというか、意思の固い子でした」
うーん。そんな子が夜中に海で泳ぐかな?
それも、浅瀬じゃない。
ふだんから遊泳禁止になってるような場所で?
僕にも、だんだん、猛の気持ちが伝染してくる。
猛は咲良さんのこと、事故だと思ってないのかも?
「つらいことを聞いて、すみません。ご遺体が見つかった正確な場所は、わかっていますか?」
「はい。竜神の洞くつへ向かう途中にある深い溝だったと聞いています。岩場のなかで、一番、深い穴です」
ああ、あの、僕が越えられなくて、四苦八苦したやつね。
「洞くつのなかじゃなかったんですね?」
「引き潮のとき流されたんだろうと警察は言っていました。あそこのまわりの岩が小高いから、沖までは流されなかったんだと」
「なるほど」
だとしたら、洞くつのなかで泳いでて、引き潮にさらわれて溺れた……というのが、悲しいけど、真相かな。
あいかわらず、猛は、にぎりこぶし作ってるけど。
猛は思いだしたように、湯のみをとった。今度は、もう冷めてる。ぐいっとお茶を飲んだ。
「長々と、ありがとうございました。もしかしたら、あとで、ご主人のお話も、うかがいに来るかもしれません。ご主人のお名前は、なんとおっしゃるんですか?」
「南義行です」
「ああ……祭りのとき、太鼓をたたいていた人ですね。二十年前の話ですが」
僕らが子どものころのことか。
猛、よく、そんな前のこと、おぼえてるな。しかも太鼓の人の名前まで。
おまえの頭のなかは、どうなってるんだぁーっ!
絢子さんは、ほんのり笑った。さみしげな笑みだなぁ……。
「わたしが、まだ、この島に嫁ぐ前ですね」
ふうん。島娘じゃなかったんですね。
「あと、お嬢さんが仲よくしていた友だちをご存じですか?」
絢子さんは、一瞬、返事につまった。なんとなく意表をつかれたように見えたので、妙な感じがした。そのあと、気をとりなおしたように口をひらく。
「となりの
「おとなりの響花さんと、石船のえるさんですね? ありがとうございます」
猛は聞くだけ聞いたらしい。
急に立ちあがって、いとまごいを始めた。
ぎゃっ。正座してたから、足がしびれるよ。帰るんなら、そう言っといてよね。
猛や蘭さんは、さっそうと歩いていく。いいよね。二人とも、足長いね! 歩く姿までカッコイイですよぉ、だ。
よろよろと、ろうかをはっていく僕の足を、誰かがつかむ。
ひッ! オバケか?
いや、違った。
仏間の向かいの部屋のふすまが、ちょこっと、ひらいて、なかから、おばあちゃんがのぞいてる。
おばあちゃんは、ささやいた。
「蒼太をお探し。咲良と一番の仲よしだったのは蒼太だよ」
僕は、コクコク、うなずいた。
ビックリしすぎて、まだ声が出ない。
おばあちゃんが手を離してくれたんで、僕は玄関まで逃げ去る。猛たちは、もう外に出ていた。
「かーくん。何やってんだ。遅いぞ」
「ごめん。ごめん」
ふりかえったときには、もう、おばあちゃんは見えない。
僕は見送りに出た絢子さんに会釈して、猛にとびついた。
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