三章 海の密室 3


「かーくんが遅いから、戸渡さん、さきに、となりに行っちゃったぞ」

「うん。ごめん……」


 おとなりさんは山田さんだ。

 だが、響花ちゃんは留守だった。

 戸渡さんが残念そうに帰ってくる。


「今、出てるってさ」


 肩をすくめ、それから、とつぜん、言いだした。

「じゃあ、おれは別の心当たりを取材するよ。それにしても、君が私立探偵だとはなあ。ぬけがけするなよ」


 猛の肩をたたいて歩きだす。

 猛は、その背中に声をかけた。


「そういう戸渡さんこそ、記事にするなら、遺族の許可を得てくださいね」


 戸渡さんは笑いながら手をふった。

 わかってるのかなぁ。


 猛は、にぎりこぶしのまま腕時計を見る。

「十一時か。もう一軒、どっかに寄れるな」


 昼飯までにって意味だ。

 猛の最優先事項は、メシ。それも、肉!


「石船のえるって子の家を探しますか?」と、蘭さんが言った。


 猛は南家を見る。

「家が近所ならいいけどな。戸渡さんに聞いとけばよかった。しょうがない。もう一度、絢子さんに聞いてみるか」

「ねえ、それならさ。僕、聞いたんだけど。さっき、あそこのおばあさんがさ——」


 僕が言いかけたときだ。

 どっかから、くすくす笑い声が聞こえてくる。見ると、二、三軒さきの家の塀のかげに、女の子が二人。


 あれ? この子たち、さっき、岩場から上がってきたとき、わき道から出てきた子たちじゃないか?


 気づいたのは、僕だけじゃなかった。蘭さんが、すうっと近づいていく。


「君たちさ。さっきもいたよね? 岩場のとこで。あと、つけてきたりしてないよね?」


 んん……これは止めるべきなのかな? まあ、止めなきゃいけないときには、猛が止めるだろう。ちょっと、ようす見。


 女の子たちは大好きなアイドルに遭遇したときのように、キャアッと黄色い悲鳴をあげる。

 うーん、ただのプチストーカーか?


「なんなの? 僕と話したかったから?」


 蘭さんは女の子の一人に向かって、手をのばす。

 な、なんだ? 何やらかす気だ?

 急激に心配になる。


「ウソついたら、怒るよ?」


 蘭さん、女の子の一人のあごの下に、するっと人差し指をかけた。


 これは、もしや……壁ドンとならぶ、イケメン男子の二大必殺技! あごクイですかッ?


 女の子、真っ赤になって倒れそうだ。こんなに赤い人間を見たの、初めてだ。人間って、ここまで赤くなれるんだ……。


「ね? つけてたよね? 僕らのあと」


 こくんと、小さく、うなずく。

 やっぱりか。


「なんで、つけてたの? 僕の美貌が惹きつけちゃったのかな?」


 蘭さんでないと許されないセリフに、蘭さんでないと許されない行動。僕が女子高生にコレやったら、犯罪だからね。


 女の子は、はあはあ息ついて、失神直前。


 すると、もう一人のほうが、あいだに入った。たぶん、友だちばっかり、蘭さんに、あごクイしてもらって、うらやましかったんだ。


「すいません! あと、つけました。でも、でも、ストーカーとかじゃないです。ちょっと……たのまれたから」

「たのまれた? 誰に?」

「蒼太に」


 僕は、ハッとした。

 蒼太——さっき、咲良さんのおばあさんが言ってた子だ。


 蘭さんと女の子のあいだに、僕は割りこむ。

「蒼太って、誰?」


 二人は顔を見あわせ、口をつぐんだ。


 またまた、蘭さんの出番だ。

「あれ? いいの? 言わないの?」


 今度は、ゲロった子に指さきを伸ばす。すぐさま、さっきまで、あごクイされてた子が口を割った。


「蒼太は親がいないんです。ホームレスっていうか。それで大人は、蒼太には近づいちゃダメって」

「なんで?」

「祟られる……から?」


 あっ、またもや、蘭さんの目が輝いた。よかったね。この島に来てから、生き生きしてるね。


 今度は、猛が参入してくる。


「蒼太って子に会えるかな?」

「さあ。蒼太は、いろんなとこ、うろついてるから」

「でも、君たちの友だちなんだろ?」


 女の子たちは首をふった。

「蒼太は誰の友だちでもないよ。祟られると怖いから、言うこと聞いただけ」

「そもそも、なんで祟るの? 人間なんだろ?」


 女の子たちは、ふたたび、首をふる。


「人間じゃないの?」


 人間じゃない……オバケか?

 猫! そう、島猫だ。きっと。

 そうであってほしい。オバケはイヤだっ。


 女の子二人は神妙な顔で言う。

「蒼太は、竜の申し子です」


「竜の申し子って?」

「さあ」


「さあ、はないだろ? 洞くつのほこらの竜神と関係あるのかな?」

「たぶん。なんか、昔の言い伝えだから、よくわかんない」


 なるほどね。それなら、しかたないか。


 でも、気になるなぁ。

 やっぱり、島猫じゃないのか……。

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