三章 海の密室 4


 猛は続ける。

「じゃあ、その子が、君たちに頼んだのか? おれたちを見張れって?」


 女の子たちは、もはやメロメロめろんで、ウットリしながら、うなずいた。蘭さんに続いて、猛に詰問されたら、たいがいは、こうなるよね。


「なんで、そんなこと頼んだんだろう?」


 その問いには首をかしげる。

 どうやら、ほんとに、彼女たちは、蒼太って子とは友だちじゃないらしい。


 猛は質問を変えた。


「ところで、君たち、そこの南さんちの咲良って子のこと知ってる?」

「わたし、友だちでした!」

 あごクイ一人めのショートヘアの子だ。


「君、名前は?」

「山田響花です!」

「君が、響花ちゃんか。そっちの子が、石船のえるちゃんだったりするかな?」


 女の子たち、キャアキャア言って、手をにぎりあった。どうやら、ビンゴだ。


「やっぱり、そうか。三人は、とても仲がよかったんだね?」

「いっしょの高校に行くはずでした」


「咲良さんって、しっかりした子だったらしいね」

「うん。さくらは大人びてて、計画性があるっての? 将来のこととか、ええっ、そんなさきのことまで考えてるの?——ってくらい」


「じゃあ、夜中に洞くつのなかで泳いだりする子じゃなかったね?」

「それは絶対、ちがう!」と、響花ちゃんが言えば、のえるちゃんも、すぐさま応じる。

「おかしいって思ってた!」


「君たち二人は、咲良さんは事故で亡くなったんじゃないと思う?」

「たぶん……」

「うん」


 友達二人も、らしくないという咲良さんの行動。いったい、ほんとは祭りの日、何があったんだろう?


 猛は、まだ聞く。


「たとえばだけど、自殺とかは考えられないかな? 咲良さん。悩んでることとかなかった?」

「うーん……悩みはあったかな。なんか進路のことで、お父さんやお母さんと意見があわないとか言ってた気がする」

「それ、くわしく聞かせてくれないかな?」


 二人は首をふった。

「よくは聞いてないから、わかんない。女優になりたいってことは前から言ってたけど」

「そうそう」


 女の子たちは、それじゃ、あんまり、そっけないと思ったのか、てんでに話しだした。


「あと、彼氏はいたよね? あたしらには秘密にしてたけど」

「あれって、彼氏かなぁ?」

「絶対、そうだよ。しょっちゅう、ラインしてたし」


「だいぶ、おっさんっぽくなかった?」

「不倫だよ。絶対」


 いまどきの十五さいの悩みは、進路と不倫か……。


 咲良さんって、まじめな印象だったんだけど。そのイメージは、いっきにガラガラと音たてて、くずれた。


 不倫相手についても、二人は詳しいことを知らなかった。それで、やっと、猛と蘭さんは女の子たちを解放した。むしろ女の子たちは残念そうだったけどね。


 女の子たちとわかれて歩きだしてから、僕は言ってみた。


「さっきさ。南さんちで聞いたんだけど。咲良さんが一番、仲よくしてたのって、蒼太って子なんだって。蒼太くんが、なんか知ってるかもよ」


「僕らをつけさせたってのも気になりますよね。探しましょうよ。そいつ」と、蘭さんは、会ったこともない人を、そいつ扱い。すでに臨戦態勢だ。


 猛は、また腕時計を見た。

「十一時半か。今から探すのはムリだよ。それより、竜の申し子とか、伝説とか、気にならないか?」


 やっぱり、メシ時間がベースか。

 まあ、たしかに、そこは気になった。


 僕は二十年ぱかし前の過去をほりおこす。


「ええと……記憶がおぼろなんだけど。たしかさ。海の近くに神社がなかったっけ?」


 猛の記憶は、僕より鮮明だ。

「あったよ。辰姫神社。行ってみるか」


 さきに立って、猛は歩きだす。

 さっきの道をそのまま、あともどりしてるなと思えば、ついたのは、あのわき道だ。響花ちゃんたちが出てきた、両側の岩が門みたいになった細い道。


「ああ。ここって、神社だったんだ」

「なんだ。かーくん。気づいてなかったのか」

「忘れてたよ。すっかり」


 細道を少し歩くと、そこはもう岩場だ。というか、崖だね。崖の上に、神社が建っている。


 潮風にふかれて色あせた鳥居。

 こぢんまりした社。

 狛犬も耳が欠けおちていた。


 それにしても……すごい数の猫だ。

 境内には二十匹近い数の猫が、のんびり、ひなたぼっこしてる。


「思いだしたぁーっ。いりこ持って、猫と遊びにきたとこだぁー!」

「そうだよ。ここか、港に行けば、たいがい、猫がいた」


 僕は反射的にポッケに手を入れた。残念。何もない。イリコかカツ節くらい、持っとけばよかった。


 しかし、猫寄せには長けている。

 僕はしゃがみこむと、指さきをヒラヒラさせながら、チュッチュッと音をたてる。


 これだけ、数いるんだから、もしやと思ったが、やっぱり来た。二、三匹、とことこ寄ってくる。ここの島のノラ猫は、人にエサをもらってるから、あんまり警戒心がない。


 猫とじゃれあう僕を見て、猛は舌打ちをついた。うらやましかったんだろう。

 ごめんね。兄ちゃん。

 猛は極度の静電気体質のせいで、動物全般に、きらわれてしまうのだ。


「かーくん。さき行くぞ」

「うん。いいよ。待ってる」


 猛と蘭さんが二人で社のほうへ歩いていった。しばらくして、社のほうから足音がした。猛たちが帰ってきたんだと思って、ふりかえった。


 すると、そこに立っていたんだよね。


 僕の見間違いか?

 女の子みたいな美少年だ。

 それも、どっかで見たような……?

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