四章 竜の申し子 1



 なんていうんだろう。


 人間には、持ってる人と持ってない人がいる。僕なんか平凡そのもの。ぜんぜん、持ってないほうの人間だ。

 猛や蘭さんは、持ってる人だよね。一回、見たら、一生、忘れられないっていう、強い印象を、持ってる。


 蘭さんなんか、初見のとき、鳥肌立ったからね。ほんとに、こんな人間、この世にいるのかって思った。


 純白の肌は、傷ひとつなく輝き、光の透ける、あわい色あいの瞳。西洋人みたいなアーモンド型の大きな双眸をかこむ、バサバサのまつげ。

 髪は、ぬばたま。

(今は金髪だけどね)


 たいていは美男美女でも、あとちょっとだけ、ここが、こうだったらなってとこがあるけど、蘭さんには、それがない。どこから、どこまで、完ぺき。パーフェクト。


「僕のおばあさん、ほんとは妖精なんですよね」と、とつぜん言いだしても、なっとくしてしまう美貌だ。


 それでいくと、今、目の前に立ってる、その子も、持ってるがわの人間だ。


 顔立ちは、ぜんぜん、違うんだけど、ちょっと印象が蘭さんに似てる。蘭さんは洋風。その子は和風。でも、なんていうか、男女を超越した美しさってとこが。


 蘭さんを知ってなければ、自分が幻影を見てると思ってしまったかもしれない。


 僕は、ぽかんと口をあけたまま、猫にまみれていた。


 少年は速足で、社から逃げてきたんだと思う。猛と蘭さんが、そっちに向かったからか。足音を殺して、やってきて、僕を見ると、一瞬、こわばった。


「こ……こんにちは。猫のエサ。持ってないですか?」


 バ——バカかっ! 僕は。なに言ってるんだ!


 少年は僕を見つめたまま、応えない。

 ああ……変な人だと思われた。


 無視して通りすぎようとするので、僕は声をかけた。

「待って。君、もしかして、蒼太くん?」


 あっ、やっぱり、そうだ。

 いぶかしそうに、ふりかえった。


「君を探してたんだよ。話が聞きたくて」


 蒼太くんは、また僕を見つめたあと、急に近づいてきた。


 そして——


 白く華奢な足が、ドンと、僕の顔のよこを通る。僕の背後の鳥居で、その足は止まった。要するに、いきなり、僕は足ドンされた。


「あの人、なに?」

「は?」

「あいつも海から来たの?」


 うーん。僕の知りあいに海坊主はいないんだけど……。


 考えていると、またまた足音が近づいてくる。今度こそ、猛と蘭さんだ。


 すると、顔のよこから、サッと足が消えた。蒼太くんは走り去った。


「おーい、かーくん。今、そこに誰かいなかったか?」

 のんきに、猛が帰ってきた。


「いたよ。蒼太くん。美少年に足ドンされた」

「え? 蒼太?」


 あわてて、猛は走っていったけど、もちろん、とっくに蒼太くんは逃げたあとだ。


「ダメだ。見つからない。すばしっこいなあ」


 これには、蘭さんが合いの手。

「ノラ猫ですね」


 僕は、そういう蘭さんをまじまじと見てしまう。思わず、ため息が出た。


「なんか、変なこと言ってたんだよねぇ。たぶん、あれ、蘭さんのことだ」


「僕が? なんですか?」

「あの人も海から来たの?——とかなんとか」

「まあ、そうですね。船に乗ってきましたから」

「そういうんじゃなかった」


「じゃあ、どういう?」

「うーん。妖精っぽいってことじゃないかなぁ」


 猛が、にぎりこぶしを作る。

 でも、今回は、すぐにその手をひらいた。


「腹へった。帰ろう」


 はいはい。頭にエネルギー送らないとね。


「それにしても、なんで、蒼太くんは神社にいたのかな? ここが寝ぐらなのかな?」

「かもな」


 空腹時の猛は、あんまり頼りにならない。本気で考えてないね。


 僕らは加納家に帰り、昼食をごちそうになった。朝も魚。昼も魚。夜は豪勢な魚だ。猫になった気分。

 いやいや。サワラもメバルもチヌもウマイよ。うん。タチウオも大好きだ。


 僕は今後のために、袋をもらってイリコを持ち歩くことにした。


「午後は、どうします?」

 蘭さんは冒険がしたくて、ご飯のあいだも、ずっとウズウズしてる。


「そうだな。行方不明の子どものことを聞きたいな」


 猛は現実的。

 だけど、蘭さんはロマン派だ。


「僕は伝説に興味があるけど」

「だからって、おまえを一人で放置できないよ」

「かーくんといっしょなら、いいでしょ?」

「…………」


 なんだろう。この猛の沈黙。

 どうせ、僕じゃ蘭さんの護衛役にはならないとか考えてるんだ。


 僕は聞いてみる。

「さっきの神社では、わからなかったの?」


 蘭さんは、うなずく。

「神社の縁起の書いた看板はありましたよ。でも、今ほしい情報じゃなかった」


 蘭さんの話によると、こうだ。


 今から五百年ほど前。

 辰さんという女の人がいた。

 辰さんには、いいなずけがいた。


 その年は、とにかく不漁だった。

 このままでは島で餓死者が出るかもしれない。

 おまけに疫病が、はやった。

 辰さんのいいなずけも病気で死んでしまった。

 それで、辰さんは聖なる竜の泉に身をなげた。わたしの命とひきかえに、大切な人を生きかえらせてくださいと、竜神に祈りながら。


 これは伝説だ。

 だから、ウソみたいな話だからって、責めちゃいけない。


 辰さんの祈りが通じ、いいなずけは生きかえった。疫病もおさまり、たくさんの魚が獲れた。

 島の人々は辰さんに感謝して、豊漁の女神として祀った……。


 よくある神社の縁起だ。

 たしかに、今ほしい情報ではない。


 竜の申し子っていうのが、なんなのか、知りたいんだけどなぁ。


「じゃあ、二手にわかれるか」と、猛は言った。

 言ったけど、やっぱり、僕の護衛力は信用してなかった。


「蘭は、おれと来い。言い伝えは、かーくんに任そう」


 えっ? 僕?


「僕に、なにしろと?」

「神社に神主でもいてくれれば早かったんだけどな。無住みたいだから、島の人に聞いてまわるしかない。港あたりにいる年寄りとかさ。昔話にくわしそうな人を探して歩けばいいよ」


 港か。それなら、また猫と遊べるな。うちのミャーコは今回も川西さんとこに、お泊まりだし。


「わかった。行ってくる」

 僕は煮干し入りの袋をにぎりしめた。

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