四章 竜の申し子 2

 *


 というわけで、僕は今、港に来ている。


 いいねぇ。海。

 ひなびた漁港。

 猫ざんまいィー。


 いや、もちろん、情報収集もしてた。


 そのへんで釣りしてる、ヒマそうなおじいさんに、あっちでも、こっちでも話しかけた。


 でも、なんか変なんだよなぁ。


「あっ、釣れてますねぇ。これ、なんて魚ですか?」

「おう、これはな。カワハギだよ」

「カワハギって食えるんですか? 薄っぺらい魚だなあ」

「こんなもん食えるもんか。雑魚だよ。雑魚。うちの猫のエサだな。こりゃ」


 てなぐあいに、世間話をしてるうちは、みんな、ふつうに話してくれるんだけど。


「あっ、あの神社、ここからでも見えますねえ。さっき、お参りしてきたけど、豊漁祈願の神社なんですね」


 という前置きから、


「ところで、あそこの神社って神主さんはいないんですか? 昔話とか聞きたいですが」と聞きだすと、急に無口になってしまう。


 ダメだ。手ごわい。

 響花ちゃんたちが言ってたしね。

 大人は蒼太に近よるな、祟るって言うんだって。


 どうやら、その話題は、この島の禁忌のようだ。これは、かんたんには聞きだせないぞ。


 早々にあきらめて、僕は猫をじゃらす。情報は釣れないけど、猫は釣りほうだい。入れ食い状態だ。


 五時ごろになると、海はキラキラ金色に輝いた。となりの船着場にフェリーが入ってくる。

 今日も、ぼちぼち人がおりてきた。

 やっぱり、都会から帰ってきたらしい若い子。本州に買い物にでも行ったのか、大きな荷物を持った、おばさん。おじさん。


 そんな人たちに、まじって、男が一人、おりてくる。


 僕は目をみはった。

 どうしたんだろなあ。

 僕、視力は両目とも、1・5のはずなんだけど……。


 なんか、さんばしを歩く姿が、どうしても、戸渡さんに見える。


 そんなはずないよね。


 この島のフェリーの就航は朝と夕方(今)の二本だけ。

 戸渡さんは午前中、僕らといっしょにいたから、その船に乗れるわけがない。


 いかん。いかん。ドッペルゲンガーを見てしまった。

 この島に来てから、どうも変だ。


 夕日は、ますます赤く染まり、これからが見どころだ。だけど、猫たちは住みかに帰っていくし、戸渡さんの幻は見るしで、僕ももう帰ることにした。


 夏の五時すぎは、まだまだ明るい。

 猛たちは帰ってるかな。この時間だと、まだだろうな。


 そんなことを考えながら、加納家へと帰る。


 りっぱな門をくぐると、勝手に離れに向かっていった。母屋の裏にある離れを、僕らの泊まり場所にしてくれてるのだ。前は、そこは、あっちゃんの部屋だった。今は誰も使う人がない。


 母屋と蔵のあいだを通り、前庭づたいに中庭にまわる。母屋のかげから、中庭に出かけたところで、話し声が聞こえた。


「……ほんとに、大丈夫?」

「心配ないよ。次の祭りがもうすぐだ」

「でも、この前だって——」

「あれは、なんかの間違いだ。今度こそ……」


 誰だ? 中庭で話してるの。


 声のトーンが暗い。

 秘密の話をしてる、ふんいき。


 僕は、こっそり庭をのぞいてみようとした。そろっと近づいてみる。ゆっくり、慎重に。ひと足、ひと足、注意しながら。


 ——が、あんまり慎重になりすぎたらしい。


 僕が母屋の端から、のぞいたときには、そこには、すでに誰の姿もなかった。


 残念。逃げられたか。

 それにしても、誰だったんだろうなあ。なんか怪しかったんだけどな。


 僕は離れに入った。

 離れは八畳一間だ。広い縁側が中庭に面してて、その部分だけで、さらに三畳ぶんくらいある。

 向かいは、きわめて旧式の五右衛門風呂。裏庭は畑に続いてる。


 裏手の窓をあけると、となりの島村さんちが見えた。島村さんちにも小さいながら納屋みたいのがあるなあ。


 猛と蘭さんの帰りを待ってるうちに、僕は座椅子にもたれて、うたたねしてしまった。

 誰かが上から、のぞきこんでるような気がした。黒くシルエットになって、よく見えない。



 ——かーくん。来てくれたんだね。


 ——誰? あっちゃん?


 ——うん。ひさしぶりだねぇ。何して遊ぶ?


 ——あっちゃんの好きなオセロしよう?


 ——かーくん、オセロ弱いから、つまんない。それよりね。ぼくね。かーくんにお願いがあるんだ。


 ——お願い? なに?


 ——あのね……。



「おーい、ビビりの兄ちゃん」


 急に大きな声がして、僕はハッと目がさめた。


 夢か……。

 生々しい夢だった。

 ほんとに、たったいま、そこに、あっちゃんが立って笑ってたような気がする。


 でも、立ってるのは颯斗くんだ。

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