四章 竜の申し子 3


「晩ごはんだよ。ビビりの兄ちゃん」

「猛と蘭さんは?」

「さっき帰ってきて、母屋にいる」


 薄情な……弟を見すてて、自分だけメシか。


「お母さんが呼んでこいって言うからさ」


「ありがとう。でも、ビビりの兄ちゃんはやめてほしいなあ。薫兄ちゃんって呼んでよ。それか、かーくん」

「じゃあ、かーくん」


 迷わず、かーくんって呼ばれた。中坊に……。

 なんか、フクザツ。

 まあ、いい。これは、なつかれてる証拠だ。


「もう七時前か。ウッカリ寝てたよ」


 僕は立ちあがって、ビーチサンダルをはこうとする……んだけど、颯斗くんは動かない。


「どうしたの?」


 たずねると、まじめな顔で問いただされた。


「ねえ、ほんとなの? あの話」

「何が?」

「かーくんたちのうちって、みんな、早死にするんだって」

「ああ……その話」


 いつかはしないといけないと思っていた、その話。いいだろう。ついでに、説明しておこう。


 東堂家には、ある呪いがかかっている。数百年前のご先祖が、そういう呪いを受けたらしい。


 一族に一人だけ長命の男子がいて、そのほかの人たちは、二、三十代の若さで、バタバタと死んでいく。死因はマチマチ。わりと事故死が多いかな。


 この呪いには妻子もふくまれていて、女の子なんかは嫁ぎさきで死ぬ。その子どもくらいまでは呪いが生きてる。つまり、僕らのイトコくらいまでは。


 あっちゃんが八つで亡くなったのは、科学的には病死だ。でも、まちがいなく、東堂家の血筋のせいだ。

 雅おばさんも四十代で亡くなったし、僕の両親も交通事故で……。


「ああ。ほんとだよ。運命っていうかね」


 すると、颯斗くんは真剣な目をして、こう言った。

「じゃあ、かーくんも死ぬの? もうじき?」


 そうか。だから、僕や猛のこと、じろじろ見てたのか。


「うーん、たぶん。猛は長生き男子の特徴をもってるからねえ」

「ふうん……」


 ふうん——って……なんか、なぐさめてほしかった。いいけどね。十さい近くも年下の中学生に、そこまで求めちゃいけないよね。


「颯斗くんは大丈夫だよ。雅おばさんの血をひいてるわけじゃないから」


 颯斗くんは何か考えこんでる。

 僕の声も聞こえてるんだか。


 僕らは母屋に向かった。

 今日も新鮮な刺身だ。ミャーコもつれてきてやれば、よかった。今ごろ、川西さんとこで、すねてるんだろうなあ……。


「かーくん。こんな時間まで何してんだよ」


 って、猛。

 おまえが僕を見すてて、メシに走るからだろう——


 と思ったら、猛の前の皿は、まだ手つかずだ。僕を待ってたらしい。かわいいヤツめ。


 僕はザブトンの上にすわり、猛の皿に、せっせと刺身をのっけてやった。

 ほらほら。チヌは瀬戸内海の名産だよ。たんと、お食べ。


「いっただきまーす!」


 蘭さん飯(海鮮飯)をかきこむあいだ、たがいに報告しあう。が、成果はなかった。


「聞いた話じゃ、行方不明になった子どもは、誰も問題をかかえてなかったみたいだ。家出の原因になるようなことはない」

「じゃあ、なんで消えたの?」

「そこが問題だ」


 問題のないことが問題か。


 僕も、たいした報告はできなかったので、必然的にオカズの奪いあいになる。とくに肉だよね。ほとんど魚だからさ。


「僕の肉、とるなよ。僕の肉」

「かーくん、魚好きだろ。蘭を見ろよ。マタタビくらったミャーコ状態だぞ」

「猛。僕はね。魚も好きだけど、肉も好きなんだよ! 何度も言わせるなよぉ」


 親戚のうちで、いい年した兄弟がハデにさわいで、すいません。


 わやわやしながら夕食を終え、わやわやしながら一日が終わった。


 深夜、僕は目がさめた。すすめられるからって、ビール飲みすぎた。明日からは自重しよう。


 それにしても、いなかのトイレは怖いんだよね。

 母屋とは別に、離れの近くに古いかわやがあるんだけど……すごい迫力だ。なにしろ、いまどき、和式のボットンだよ。建物じたいも古いしさぁ……。


 夜中に一人で庭に出て、厠で用を足すのには、よほどの決意が必要になる。


 なんなら、猛を起こして、ついてきてもらおうか……とすら思った。が、そんなことしたら、そのあと半年くらい、からかわれそうなので、やめた。


 勇をふるって、そろそろと外に出る。

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