九章 海から来た人 2
*
今日から、お盆。
地獄の釜のふたがひらき、死者が現世に帰ってくるという。
あ、ごめん。じいちゃん。
今、帰ってきても、うちには誰もいないや。
お盆前に墓参りはしてきたけど。ゆるしてくれるかな。
いや、疲れてるからって、そんなことを考えてる場合じゃないぞ。
朝起きても、朗報はなかった。
昼食のあと、僕は仏間で坊さんの読経を聞いている。盆の法事だ。あっちゃんの十七回忌もいっしょに拝んでくれるという。
黒いスーツ、せっかく猛も持ってきてたのに。けっきょく、着る機会なかったのか。礼服着てるときの猛、超カッコイイのにな。
(猛のバカ。早く帰ってこいよ!)
心のなかで怒鳴るけど、その声は届いてそうにない。一回くらい、こっちに連絡入れようって気にはならないのか。ほんと。
法事が終わると、秀作おじさんは、また外に出ていく。
「薫。おまえは待ってなさい。友だちは、おれらで探すからな。ちょっと休んでるといい」
おじさん、優しいな。自分も疲れてるはずなのに。
親類縁者の厚意が胸にしみる。
「ありがとうございます」
おとなしく見送ったが、もちろん、遊んでるつもりじゃない。
僕は、仏間から、さっと逃げだそうとする颯斗くんをつかまえた。
「待った! 説明してもらおうかな?」
「離せよ。おとなげないだろ」
「なに言ってんだ? 人をあんなとこに閉じこめといて。子どもだからって、何やっても許されるってわけじゃないんだよ?」
「だ、だって……」
「だって、何?」
「だって——どうせ、かーくん。もうすぐ死ぬんだろ?」
おっとー! これはショックだぁ!
いや、僕だって自覚してるよ?
僕の年なら、いつ呪いの効力で死んでも、おかしくないって。
だからって、そんな確定したことみたいに言わないでほしいなあ。
「たぶん、とは言ったけど。すぐとは言ってないよ? まだ十年さきかもしれないし。運がよければ、二十年くらいは生きてるかも」
颯斗くんは、がくぜんとしたようだ。
「二十年? なら、なんで、アツシは八さいで死んだんだよ?」
「あっちゃんは生まれつきの心臓の病気があったからだよ」
「東堂家の呪いだよね?」
「うん。まあ、そう」
「東堂家の呪いって、長生きの男が一人いるって言ったろ?」
「言ったね。たぶん、猛だね」
「二人が死んだら、アツシが生きかえるんじゃないの?」
「えッ?」
中学生の発想は、よくわからない。
僕はジェネレーションギャップをビシバシ感じた。
「死んだ人は生きかえらないんじゃないの?」
僕が言うと、颯斗くんは口をとがらせた。
「竜神さまにお願いしたら、生きかえるよね?」
わッ! ゾクゾクきたー!
「それって、僕をイケニエにして、あっちゃんを生きかえらせようって考えたの?」
颯斗くんは素直にうなずく。
そんなとこだけ従順なんだな……。
僕らが大声で言いあってたもんだから、台所から和歌子さんがやってきた。
「どうかしましたか?」
不安そうに、わが子を見る。
僕にイジメられてるとでも思ったのかもしれない。
「なんでもないです。ちょっと話が盛りあがっちゃって——颯斗くん。離れで話そう?」
颯斗くんは、だまってついてくる。
母親の前では話せないと感じたようだ。
離れに入ると、僕は座卓をはさんで、颯斗くんを前にすわらせた。
「なんで、そんなふうに思ったの? あっちゃんを生きかえらせようとかさ」
颯斗くんは、うなだれる。
たいていのことでは、僕は怒らない。でも、殺されそうになっても笑ってられるほど、できてないよ。
さらに厳しく問いつめた。
「そんなことして、あっちゃんが生きかえるわけないし。誰も喜ばないよ。君が犯罪者になって、少年院に入りでもしたら、和歌子さんや、おじさんたちが、みんな悲しむよ?」
——と、どうしたことだ?
颯斗くん、急にボロボロ泣きだした。
「おれのことなんか、誰も悲しまないよ!」
う、うーん……これは、もしや、アレか?
思春期独特の反抗期から来る自己認識の確立のための儀式的なサムシング。
要するに、「ほんとに僕のこと愛してるの?」ってやつだ。
「……君が養子だから?」
颯斗くんは考えこんでから、首をふる。
「じゃあ、なんで?」
「…………」
なかなか答えない。
どうやら、ここが一番の根っこだ。
だから、しゃべりたくないんだ。
「君は、ほんとの両親もいれば、養い親の秀作おじさんもいる。それって、幸せなことだよ。みんな、君のことを大切にしてくれるだろ?」
これには首をふった。
「なんで、そんなふうに思うの? さっきの和歌子さんの心配そうな顔、見ただろ? 君のことが大切だからだよ」
「だって、海歌が……」
なんで、ここで海歌ちゃんが出てくるのかなぁ。そういえば、二人はグルだったけど。
「海歌ちゃんが、どうしたの? ほら、もう怒らないから、ほんとのこと言ってよ」
なんて、大人の常套句を駆使してみる。
颯斗くんは堕ちた。通用するもんだな。常套句。
「……海歌は、申し子なんだって。近所の人が言ってた。おれがいらないから、竜神さまに新しい子どもをくれって、頼んだんだって」
「海歌ちゃんが、竜の申し子?」
「そんなウワサだよ」
「ええと……でも、申し子って、竜神祭で巫女をした人の子どもだよね? 和歌子さんは巫女、したことあるのかな?」
「たぶん」
なんか違う。
蒼太くんが申し子って言われるのは、わかる。容姿といい、素性といい、ふつうの子どもとは違う。とても特別なものを持ってる。
でも、海歌ちゃんは、ごくふつうの女の子だ。容貌は、そりゃ女の子だから、まあ可愛いけど。それも、とびっきりってほどじゃない。ちょっと、あっちゃんに似てるよね。
まあいい。
「つまり、なに? 自分がいらない子だと思ったから、僕と猛を殺して、あっちゃんを生きかえらせようと思ったの?」
「だって! アツシだけが、お父さんのほんとの子どもだから。お父さんが、ほんとに大事なのは、アツシだけなんだよ。おれなんか、いないほうがいいんだ」
「いないほうがって……」
「かーくんと猛さん(猛は、さん付け!)を殺して、僕もイケニエになろうかなって」
ふう……中学生の思いこみって怖いな。
どう言って説得しようか。
僕が考えこんでると、どっかから泣き声が聞こえてきた。女の人の泣き声だ。
これは、ホラーか?
いや、違うな。
よく見ると、玄関の引き戸の向こうに人影がある。和歌子さんだ。
「和歌子さん。聞いてたんですか……」
和歌子さんは室内に、かけこんできた。そして、颯斗くんの肩を両手で抱きしめる。
「ごめんね。ごめんね。颯斗。さみしい思いさせて、ごめんね」
僕の千の言葉より、母親のハグひとつのほうが、百万倍も効果があった。
颯斗くんは、おさな子のように泣いた。和歌子さんの腕のなかで……。
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