十一章 海の迷宮 4


 海歌は、うなずく。

「身代わりになった」


 ハッとした。


「それは、巫女のことか?」


 海歌は、また、うなずく。


「あの夜、ここに、こもってたのは、南咲良じゃないのか? 君だったんだね?」


 海歌は声をあげて泣いた。

「だって、たのまれたから。さくら姉ちゃんに、たのまれたから!」


「南咲良にたのまれた? なんのために?」

「さくら姉ちゃん、女優になりたいんだよ」


「女優? ああ…親と進路のことで、もめてるって話してたそうだな。だからって、なんで、それで祭りの巫女を入れかわるんだ?」

「こっそり、オーディション、受けに行くんだって言ってた。ヨウちゃんって人の会社の」


 脳天をなぐられたような気がした。


 ヨウちゃん。

 それって、たしか、ミキの話してた島一番の美少年だ。

 名前は……陽一。そう。島村陽一だったはず。

 猛が、そんなことを言っていた。


 南咲良は島村陽一と会うために、島をぬけだそうとしていた。すべての謎が、その一点に集中している。蘭は、その秘密に気づいた。


「つまり、南咲良は、ほんとは祭りの夜、この場所にはいなかった。その時間には、とっくに島をぬけだしていた?」

「夕方のフェリーに乗るって言ってた……」

「でも、それじゃ、朝になって人が来たとき、バレるじゃないか? 巫女が入れかわってることに」


 だが、じっさいには、そうはならなかった。

 洞くつは無人。

 南咲良は近くの岩場で溺死していた。

 そのあいだに、何かが起こったのだ。咲良が海歌と巫女を入れかわってから、フェリーに乗るまでのあいだに。


「君が入れかわったのは何時ごろ?」

「フェリーの出る前」


「出港に、まにあうように入れかわったとして、四時半くらいってことか。でも、今日は外、もう暗いじゃないか。ずいぶん、巫女の来るのが遅かったね」


「いつもは、もっと早いから」

「そうか。続けざまに事件が起きたから、ふだんより遅かったわけか」


 考えているうちに、洞くつの入口のほうから、何かが近づいてきた。ザアザアと波音も近くなる。潮が満ちてきたのだ。


「大変だ。外に助けを呼びにいかなくちゃ」


 蘭はあわてた。が、海歌は首をふる。


「水が来たら、もう危ないよ。潮が渦巻いて、泳げないんだって」

「ふうん。じゃあ、ここから出ることもできないけど、入ってくることもできないのか」


 それなら朝までは安心だ。

 犯人も、ここにやってくることはできない。


 ——と、考えたあと、蘭は気づいた。


 違う。誰も出入りできないなら、海歌は祭りの翌朝、みんなに見つかって、しかられていた。

 そうならなかったということは——


 これまで島で見聞きした、さまざまな記憶が脳裏をかけめぐる。

 はさみうちにしたのに消えてしまった蒼太。

 ほこらのなかに落ちたはずなのに、岩場の溝に浮かんでいた桃太郎の人形。


 そう。南咲良の死体も、同じ溝で見つかったのだ。


「もしかして、あるんだね。このなかに」


 蘭の言葉の意味を、海歌は一瞬で解した。

 その事実を知っているからだ。

 こくんと、うなずく。


 蘭は、その事実を言葉にして、確認した。


「この洞くつのなかに、外と通じる道がある。君はそこを通って外に出たんだ。巫女の装束だけ、ここに残しておいた。南咲良が服を着てなかったのは、そのせいか」


 巫女が入れかわっていたことを知られないために、犯人が咲良の服をぬがせたのだ。


 おそらく、こういうことだ。


 祭りの日、海歌は大人たちにまじって、この洞くつに入った。そのあと、みんなが入口まで去ると、咲良と海歌は入れかわった。


 そのまま、咲良は秘密の抜け道を使って外に出た。

 海歌は、みんながいなくなってから、巫女装束を残して、同じ抜け道を使い、家に帰った。


「誰か、君に協力した?」

「のえる姉ちゃんが」


 なるほど。どうやら、のえるが殺されたのは、それが原因らしい。犯人にとって知られたくないことを知ってしまった。または犯人が誰なのか気づいてしまった。


「蒼太が、のえるを問いつめてたのは、きっと、それを聞きだそうとしてたからだ」


 蒼太自身が犯人で、あのとき、のえるに気づかれたことを知ったとも考えられるが。


「とにかく……このまま、ここにいるのは危険だ。君の知ってる、ぬけ道を通って外へ出よう」


 きっと、犯人はやってくる。

 その前に逃げださなければ。


 ぬけ道の入口は、わかっているのだ。あそこしかない。

 竜神のほこらのなか。

 あの暗い、たて穴が、異世界への門だ。


 むしろ、あの世は、この洞くつのなか。ここは竜神の住まいなのだ。外の世界こそが、異世界。そこへもどるには、とくべつな道を通るしかない。


 海歌が巫女の服をぬぐ。

 その下にスクール水着を着ていた。

 きっと、この前のときも、そうしていたからだ。


「行こうか。案内してくれる?」


 海歌がうなずく。

 しかし、そのときだ。


 二人の背後で音がした。

 ほこらの格子戸が、ゆっくりと、ひらく——

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