十二章 にえの儀式 1
はあ……タイクツだ。
待てども誰も来ない。
猛に神社の見張りをまかされ、ぼんやりと社の入口の階段にすわる僕。
蘭さんは、どうなったのかなぁ。
猛は岩場に向かうとか言ってたような気がするけど、あれ以降、連絡がない。ラインの既読が一人しかつかないから、たぶん、猛は読んでない。まさか、蘭さんのお高いスマホ、こわしちゃったんじゃないだろね? 心配だ……。
いい感じに月夜。
それにしても、お盆の夜中に一人で神社。イヤなシチュエーションだ。今にも、ふらふらと迷いだした亡霊と出くわしそう。
——と思ってると、さっそく出た!
ふわーっと、物体の重みを感じさせない足どりで、こっちに向かってくる。
やだ。怖いよ。助けて。たけるぅー。
……が、月光にてらされるおもてをよく見れば、なんだ。蒼太くんだ。そういえば、この神社をねぐらにしてるんだったな。
てっきり、このまま、社に入って寝るんだと思ってたのに、違った。蒼太くんは僕に気づいてないのか、社の前を素通りする。
あれ? どこ行く気だ?
僕はコッソリついていく。
蒼太くんが向かってるのは、神社の横手。池とか庭木とかある、社の右側だ。
見てると、庭木のあいだに入っていく。なんで、あんなとこ行く必要があるんだろう。
今夜は蒼太くんにとっても、重大な決意を秘めた、大切な日のはず。意味のないことをするとは思えない。
僕は間合いをつめた。
蒼太くんは池のそばに、ニョキッと生えた(生えたってのも変だけど)大きな岩の近くへ歩いていく。
しゃがみこんで、下をのぞいてるので、すかさず、僕はつめよった。
「蒼太くん!」
わッと、蒼太くんが声をあげる。
「——あんた。なにしてんだよ? こんなとこで」
「見張ってたんだ。君、咲良さんの復讐するつもりなんだろ? 君が来たら止めるようにって言われてるんだ」
「あんたに関係ないだろ。はなせよ」
「はなしたら、どうする気? 復讐なんかしたって、咲良さんは喜ばないよ? 君たち、兄妹なんだろ?」
あっ、だまった。図星か。
「兄……か、弟なのかまでは知らないけどさ。君が不幸になることなんか、咲良さんは望んでないと思うよ? それより、いっしょに犯人をつかまえよう」
蒼太くんは暗い目をした。
「犯人を捕まえたって、咲良はもどってこない」
「ニエの言い伝えだね? でも、あんなのは、ただの伝説だよ。ほんとに死んだ人が生きかえることなんかないんだ」
「イヤだ! そんなの、やってみないとわからないじゃないか!」
イヤって言われても……。
蒼太くんは叫ぶ。
「あいつらをみんなニエにささげる! おれの命もささげる! それなら、きっと、さくらは……」
「あいつら?」
「さくらを殺したやつらだよ。のえるは死んだ。でも、海歌がまだだ。ちょくせつ、手をくだしたのは島村陽一だろ?」
「なんで、海歌ちゃん?」
それで、僕は初めて知った。
去年の祭りの日、海歌ちゃんが咲良さんと入れかわってたことを。
「そんなの、海歌ちゃんは悪くないじゃないか。のえるちゃんは何してたんだ?」
「のえるは洞くつに入ったあと、巫女が入れかわってるとバレないように、海歌につきそってたんだ」
「たったそれだけで殺したの? それはヒドイよ」
「あいつらが手をかさなければ、さくらだって無謀なことはしなかったんだ」
あまりにも身勝手な理屈に、僕はカッとなった。パチンと、蒼太くんのほおを平手打ちした。
「命は、そんなに軽いもんじゃないんだ!」
あっ、もしかして、殺人犯を刺激しちゃったんだろうか? マズイ。マズイぞ。でも、言わずにはいられなかった。
あたふたする僕の前で、蒼太くんは、なぐられたほおを押さえて、かたまったように動かない。
そして、つるつるっと、涙がすべりおちてきた。
むう……夏の真夜中。神秘の神社。
月光に青ざめたほおをつたう、水晶のような涙。
美少年が泣くには、このうえない、効果満点なロケーション。
「……でも、おれには、さくらだけだったんだよ! さくらだけが、おれを愛してくれた」
心からの叫びだった。
僕は、そっと蒼太くんの肩をたたいた。
蒼太くんは僕の前で無防備に泣きじゃくった。
僕が、ぽんぽんと、蒼太くんの背中をたたいていたときだ。
どこからか、音がした。
ザクザク……?
いや、むしろ、ガリガリ……?
音のする足元を見た。
そこにあるはずのないものを見て、僕は硬直した。恐怖で、がくぜんとするとき、人って悲鳴も出ないもんだね。歯の根が鳴って、ガチガチ、うるさいくらいだ。もう涙がでる。
いくら、お盆だからって、こんなスーパーナチュラルな体験なんかしたくないんだけど?
地面から、手が生えている。
白い手が、さぐるように空をかき、こっちに向かって伸びてくる……。
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