八章 祭前夜 4


「ねえ、蒼太くん。もしかして、君のお父さんって、咲良ちゃんのお父さん——」


 蒼太くんは、僕の言葉をさえぎった。


「もう行ったほうがいいんじゃないの? おれといると、あんたまで悪く言われるよ?」


 やっぱり、そうなのか。

 蒼太くんと咲良ちゃんは、兄妹なんだ。

 血のつながった兄と妹。

 いや、じっさいには、どっちが兄で姉なのかまではわからないけど。


 蒼太くんの母の翠さんは、島の誰かと不倫してたらしい。それは、南義行さんだったということか。


 僕は、あわてた。このまま追いだされてたまるか。


「ちょっと待った。蒼太くん。君さ。昨日、昼前に、のえるちゃんと話してたよね? ほら、僕らが追っかけたのに、君か消えたときのことだよ」


 蒼太くんは微笑した。

「ああ、あれね。消えたわけじゃないけど」


 うん? じゃあ、どうやったんだ?

 しかし、今は、それより大事な質問がある。


「のえるちゃんと何を話してたの? 咲良さんの事件のこと、話してたんだよね?」


 蒼太くんは、あいまいにうなずく。


「まあね」

「咲良ちゃんをだました相手のこと?」

「うん。まあ」

「なんで、のえるちゃんが、それを知って——」


 僕は、ハッとした。

 そうだ。のえるちゃん、話してたじゃないか。

 咲良ちゃんは誰か恋人がいたみたいだって。それも、かなり年上の相手じゃないかって。

 つまり、咲良ちゃんの恋人っていうのが、その相手だ。


「その人の名前を、のえるちゃんから聞いたの?」

「いや、あいつは知らなかったよ。でも、あいつら、大変なことしてくれてたんだ」

「大変なことって?」


 蒼太くんは口をつぐんだ。

 僕はだまりこんだ蒼太くんを見つめる。


「のえるちゃんを……殺してないよね?」


 蒼太くんは否定も肯定もしない。

 ただ笑っていた。

 答える気がないんだとわかった。

 蒼太くんの決心はかたい。


 潮時だ。

 とにかく、早く帰って、猛と相談しないと。蘭さんのことも心配だし。


「いい? 早まったことはしないでね。こまったことがあるなら相談にのるから」


 言い残して、僕は退散した。

 走って帰ったけど、案じたとおりだ。


 加納家に、蘭さんと猛はいなかった——




 *


 とにかく、腹がへった。

 僕は心配して待ってた和歌子さんにお願いして、とってあった夕食をいただいた。


「こんな時間にすいません。ところで、颯斗くんは帰ってますよね?」


 みそ汁をあっためながら、和歌子さんは首をかしげる。

「夕方に帰ってきましたよ」


 そりゃそうか。

 僕をとじこめたあと、自分だけ帰ったんだ。


 ここは加納家の台所。

 そばには、秀作おじさんもいる。


「薫。遅くなるんなら、言っといてくれ。もう子どもじゃないとは言っても心配するだろう?」


 すいません。

 おたくの息子さんに軟禁されたもんで……。


 でも、まだ、そのことについては言わない。なんで、あんなことしたのか、まず本人に聞きたかったからだ。


「猛はどこに行ったんですか? 警察が来るまで、岩場にいたんですよね?」

「猛なら本州に行ったぞ。なんや調べることがあるとか言ってたな」


 ううっ……なんで、よりによって、こんなときに。


 しかたない。

 とにかく、蘭さんを見つけないと。


 この時間まで、蘭さんが無防備に一人で外をほっつき歩いてるとは思えない。これはもう、事件にまきこまれたんだと確信した。


「すいません。蘭さんがいないんですよ。警察に連絡してもらえますか? 途中で、はぐれちゃって。探してたんです。あの人、あの見ためだから、これまでも何度もさらわれてるんで……」


 秀作おじさんと和歌子さんは顔を見あわせる。


「ええと、それはさらわれたという……?」と、とまどいながら、おじさんが言う。


「その可能性が大きいかなと。あとは土地勘ないところなので、事故ってこともあると思いますけど。崖ってほどじゃなくても、段差で足くじいて動けないとか。電話がつながらないんで、なんかあったと思うんですよ」


 おじさんは、うなずいた。


「わかった。それなら、人を呼んで探そう。駐在にも連絡するが、そのほうが早い」


 秀作おじさんは直幸おじさんを起こし、さらに何人かに電話をかけた。県庁の刑事も何人か島に残っていた。


 夜通し、僕らは蘭さんをさがした。

 が、蘭さんは見つからなかった。

 蘭さんのスマホだけが、辰姫神社の近くの坂の上に落ちてるのが発見された。


 蘭さん……なんで、そんなに、さらわれ体質なの?


 もう、どうしていいんだか、わからない。かんじんの猛はいないし。


 猛のガラケーは、思ったとおり、離れの座卓の上。

 携帯は携帯してないと意味ないんだよ? 兄ちゃん。いつも僕が言ってるだろ?


 疲れて、夜明けごろにいったん、みんな家に帰った。


 僕も一人、トボトボと離れに帰る。

 仮眠して、朝になったら、また探そう。


 そう思って、離れに入ろうとしたときだ。

 僕は、また見てしまった。

 未明の薄闇のなかに舞う鬼火を……。

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