八章 祭前夜 3


 青白い月光のなかで見ると、ほんと、美少年だなぁ。

 この世のものとは思えない。


 きっと、蘭さんの少年時代も、こんな感じだったんだろうな。蘭さんは、もっと洋風で、そのぶん華やかだったろう。


 蘭さんは今でも、少年みたいに細くて、手足も長いけど。子どものころなら、もっと、きゃしゃだったんだろうし。


(海から来た者……か)


 ぼんやりしてると、蒼太くんが不機嫌そうな顔になった。


「ここ、おれの家なんだけど。こまるんだよね。勝手に入られちゃ」

「いや、入りたくて入ってるんじゃないよ。見てのとおり、とじこめられてるわけで……」

「なんで?」

「さあ、なんでかは、僕が知りたい」

「ふうん……」


 不審げな蒼太くんに、僕はたのみこんだ。


「かんぬき、ぬいてくれないかなぁ? そしたら、おとなしく出てくよ」


 蒼太くんは格子のあいだから、手を入れてきた。


 なんだ、これ? 握手でもしろと?


 さしだされた手を、じっと見つめる僕に、蒼太くんの目が、さらに侮蔑的になる。


「にぶいなぁ。食い物、持ってないの?」

「えっ? とじこめられて困ってる人から搾取さくしゅするの?」


「おれのうちに勝手に入っただろ」

「いや、ここ神社だし」


「竜神の嫁の神社だろ。だったら、海から来た、おれの家でもある」

「うん。まあ、そうか」


 言いくるめられて、僕はイリコの小袋を手渡した。半分くらい食べちゃったから、あんまり残ってないけどさ。


「ショボイ。これだけ? 金は? 金は持ってないの?」

「ないよ。サイフ持ってでてないもん」

「あんた、それでも大人?」


 グサッ。つき刺さりました。


「悪かったね。子どもっぽいですよぉ。いちおう食べ物あげたんだから、かんぬき外してよ」


 しょうがなさそうに、蒼太くんは、かんぬきを外した。


 やった! やっと出れる。

 ワンカップ、一本ですんだ!


 よろこびいさんで、僕は外に出た。


 入れかわりに、蒼太くんは社のなかへ入っていく。かんぬきを持って入るから、なんでかと思ったら、それを枕にして、よこたわる。


 その姿を見て、僕はためらった。


 相手は未成年だぞ。こんなとこで寝起きして、フトンもマクラもない。ほんとに、これでいいのか?

 毎日のご飯とか、どうしてるんだ? 前は咲良さんが面倒みてたらしいけど。その咲良さんもいなくなって、食べるものにも困ってるんじゃないのか?


 大人として、これは見すごせない。

 僕の空腹くらいは、まだガマンできる。


 僕は社のなかにひきかえした。

 蒼太くんのとなりに、すわる。


「ここが家ってさ。つまり、帰る家がないってことだよね? 君の年齢なら、児童養護施設で保護してもらえるはずだよ。なんなら連絡するけど?」


 蒼太くんは僕を無視した。


「こんなことしてても、いいことなんかないだろ?養護施設に行けば、食べるものだって出してもらえるし、学校にも行けるよ。新しい環境が不安なのかもしれないけど。今よりは、ずっといいはずだよ?」


 すると、とつぜん、蒼太くんは、とびおきてきた。


「なに? おれに、なんかしてほしいの? いくら出す?」

「は?」


「二千円? 三千円?」

「いや、今、サイフ持ってないし」


「後払いでもいいよ? 特別に」

「は?」


 困惑する僕に、蒼太くんが抱きついてきた。


 や、ヤバイ。

 なんか知らないけど押し倒された。


「ぎゃあっ。やめてぇ。助けてぇー。兄ちゃーん!」


 いや、ほんと、僕は殺されるんじゃないかと思ったんだよ。


 なさけない悲鳴をあげてしまった。

 すると、急に、蒼太くんは大笑いした。


「あんた、面白いやつ!」


 うん。まあ、否定はしない。

 たまに言われるし。


 しかし、どういうわけか、蒼太くんは僕を信用したようだ。


「おれは、この島から出ない」と、宣言した。


「なんで? 生活に困ってるんだよね?」

「いいんだ。もうすぐだから」


 はて? 何が、もうすぐなんだろう?


「でも、ありがとう。あんただけだよ。そんなふうに言ってくれたの」


 なんとなく、イヤな予感がした。

 蒼太くん、もしかして、なにかしら重大な決心をしてるんじゃないか?


 そんな気がした。


 それは犯罪的なことなのかもしれない。

 よくないことをしようとしてる。


 僕は、たずねてみた。


「蒼太くん。僕らのこと、見張ってたよね? 響花ちゃんたちをおどして。あれは、なんで?」


「あんたたちが、よそ者だから。あんたたちの誰かが咲良をだましたんじゃないかって思った」


「僕らがどうやって、咲良ちゃんを? だって、この島に僕らが来たのは十六年前に一回きりだし。そのとき、咲良ちゃんは、たぶん赤ちゃんだよね。会ったこともないよ」


「うん。あんたじゃない気がしてきた。だから、あんたの仲間でもないんだと思う」


 これは、もしかして重要な情報か?


「咲良ちゃん、誰かにだまされてたの?」

「たぶんね」


「じゃあ、その誰かに殺されたんだと思う?」

「うん。それは絶対」


「もしかしてだけど。咲良ちゃんの復讐しようとか、考えてないだろうね?」


 それには、長いまつげをふせるだけで答えない。


 僕は気づいた。

 蒼太くんに初めて会ったとき、誰かに似てると思った。

 それが、誰になのか。


(咲良ちゃんだ……)


 あの遺影の美少女。

 こうして間近で見ると、そっくりだ。蒼太くんと。


 まさか……まさかと思うけど、この二人って……。


 でも、もしそうなら、咲良ちゃんが、蒼太くんに優しかったわけもわかる。


(どうしよう! 今、すごく、猛に相談したいんだけど!)


 なのに、なんで、うちの兄は連絡つかないんだか。

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