十一章 海の迷宮 1



「祭りでは、秀作おじさんが見張りに立つんですね?」

 猛が問う。


 おじさんの答えは、こうだ。

「もちろん。直幸と二人で船をだす」

「その船に、おれを乗せてもらえますか?」


 猛が言うので、僕は言わずにはいられなかった。

「蘭さんは? 探さないの?」


 猛は断言する。

「蘭はニエにするために、さらわれた。竜神の洞くつまで、犯人につれられてくる可能性が高い」


「まあ、それは、そうかもしれないけど……でも、万一、読みがハズレたら、どうするの?」


「手分けしよう」と、猛は言った。

「おれと鮭児で二手にわかれる」


「僕も行くよ!」

「かーくんは留守番しててくれよ」


「やだよ。そんなの。いくら僕が、たよりないからって、それはないんじゃない?」


 猛は、しぶってる。

 まあね。そもそも、僕がたよりないから、蘭さんは、さらわれたんだけどね……。


 考えこんでた猛は、しぶしぶ、承知した。

「じゃあ、かーくんには、あのことを頼もうかな。おれも複数人、相手しながら、蘭を守るのは難しいかもしれないからな」


 秀作おじさんが割りこむ。

「さっきから聞いてれば、危ないことを言ってるな。まさか、おまえたち、友だちをさらった犯人を捕まえる気なのか?」


 僕は、うなずいた。

「大丈夫です! 猛は柔道五段ですから。合気道だって得意だし、射撃もウマイんですよ」


 いや、だからって、僕が大丈夫ってことにはならないんだけど。


 ともかく、僕らは夕食のために母屋へ移動した。三村くんが、ヤキモキしながら待ってた。


「遅いで。蘭、探すんちゃうんか? あいつ、ほんま、しょっちゅう、ピンチになりよんなあ。もう家から出さんときや」


 うん。できることなら、そうしときたい。蘭さんが聞いてくれないだろうけど。


 僕らは急いで夕飯をかきこんだ。

 蘭さんも好物のタチウオの塩焼き。

 うまいんだけど、蘭さんに申しわけないなあ。今ごろ、蘭さん、おなかすかしてないだろうか?


 おじさんたちが祭りの支度に行くと、猛は僕と三村くんに手招きした。座敷のかたわらで、頭をつきあわさて、僕らは話しあう。


「今、蘭が、どこにいるかが問題だ。それによって、それぞれの行くさきが変わる」


 猛は言い、ボストンバッグのなかから、ポラロイドカメラをだす。

 そうだ。もう、それしかない。


「やるんだね。兄ちゃん」

「これが一番、てっとりばやい」


 おじさんたちの前ではできないから、今までガマンしてたわけだ。


 猛の手の内のカメラのフラッシュが光った。猛はシャッターを押す動作さえしない。僕と三村くんは、知ってるからね。


 やがて、写真が出てくる。

 それを見て、僕の心臓はとびあがった。蘭さん、岩場で寝かせられてるみたいに見えるんだけど。


「これって、あの岩場? のえるちゃんが亡くなってた……」


 まさか、蘭さんも、すでに——?


 猛は写真を凝視する。


「いや、今、あのへんは祭りの支度で、大勢の人目があるはずだ。いくら岩場が立ち入り禁止でも、上から見たら丸見えだもんな。人が倒れてれば、すぐに見つかるよ」


「じゃあ、どこ?」


「岩場のようだけど、岩場じゃない。岩場に似た、どこかってことだろ? 考えられるのは、竜神の洞くつのなかか、辰姫神社の周辺だろうな。ニエの儀式をおこなうのに、ふさわしい場所だ」


 なるほど——って、なっとくしてる場合じゃないぞ。


「なら、早く探しに行こう」


 猛は僕と三村くんの顔を交互に見る。


「このなかで水泳、一番得意なの、誰だ?」

「なんでや?」

「洞くつの場合、もしものとき、夜中に船から泳いでいかないといけない」


 そっか。夜中は巫女以外、洞くつのなかは入っちゃいけないんだった。


「水泳なら、おれ得意やで」


 思わず、僕はさけんでしまった。


「えッ! なんで?」

「大阪湾は、おれの遊び場や——というのはウソやけど。ガキのころ、スイミングスクール通っとった。二千メートルくらい楽勝や」


 意外。そんな特技があったとは。

 僕なんか二十五メートルが、やっとなんだけど。息つぎできない……。


 猛は考えながら告げる。


「じゃあ、洞くつのほうは三村に任そう。かーくんは辰姫神社な」

「猛は?」

「おれは——」


 言葉をにごしたあと、ふっと笑う。


「犯人のうちに行くよ」

「やっぱり、わかってんじゃないか! 教えろ。教えろ。僕にも教えろよぉー」

「ダメ。ダメ。まだ確信が持てないから」

「ウソだ。ウソに決まってる」


 ハッ! じゃれてる場合じゃなかった。

 僕ら三人は、それぞれの場所に向かうため立ちあがる。


「じゃあ、かーくん。気をつけるんだぞ」

「うん。もしも、蘭さん見つけたら、すぐ電話する」


 あッと、猛が声をあげる。

 ポケットをゴソゴソしてるので、僕は白い目をなげてやった。


「……兄ちゃん。もしかして、またケータイ忘れた?」

「ああ、うん。悪い。かーくん。とってきて。ついでに、これ、離れに置いといて」と、ボストンを渡してくる。


 まったくもう。手のかかる兄だ。

 離れか……まあ、この時間なら、人魂は出ないだろう。

 やだな。ほんとは、やなんだけどな。


 ぐずってると、猛は何かをさっした。


「かーくん。離れ、行きたくないの?」

「えっ? そんなこと……ないよ?」


 あそこはなぁ。あっちゃんの夢も見たし、なんか、怖いんだよね——なんて言えないじゃないか。


 だが、猛は、するどい。


「オバケでも出た?」

「うッ——」

「見たんだ?」

「オバケじゃないよ! ただの人魂だよ。だから、霊じゃない。人魂ってのは地中の燐が発光して……科学的な現象。だから、怖くない!」


 猛は真剣な顔だ。


「いつ見た?」

「昨日と、その前だよ」

「どのへんで?」

「ええと……畑のへん? となりの島村さんちの物置があって——」


 猛は僕の話を最後まで聞かなかった。いきなり立ちあがり、走りだす。


「ちょっと、猛? 待ってよぉ」


 僕と三村くんも追っていく。

 猛は離れの前をすぎ、裏庭から畑へ、となりの島村さんちの庭まで走っていく。


 物置に行くつもりなんだ。

 まさか、こんな時間のさしせまってるときに、オバケでも探す気か?

 そんなふうに思ってたんだけど……。


 物置は近くで見ると、かなり、おんぼろ。木造のくずれそうな、ほったて小屋?


 よそんちの住居の一部だってのに、猛は許可なく勝手にあける。かんぬきがかかってるけど、カギはかかってなかったから、あけるのはカンタンだ。


「兄ちゃん。不法進入だよ。島村さんに見つかったら、どうすんの?」


 僕の言うことなんて聞くような兄じゃない。止めるのも聞かず、なかへとびこんでく。


 ハアハア息きらして、やっと追いついた僕は、なかを見て、あんぐり口をあけた。


 なんだ、こりゃ? 話が見えないぞ。

 ていうかさ。

 なんで——


「なんで、戸渡さんが、こんなとこに?」


 物置のなかには、戸渡さんがいた。

 手足をしばられ、口にさるぐつわをされて。

 無精ヒゲが伸びて、ちょっと、やつれてるけど、まちがいなく戸渡さんだ。

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