十一章 海の迷宮 2


 猛はかけより、戸渡さんのさるぐつわをはずす。

「大丈夫ですか? 今、警察、呼びますから」


 戸渡さんは力なく、うなずく。

「……腹、へった」

「加納さんちに行きましょう。何か用意してもらおう」


 話してるところに、物音を聞きつけて、島村さんたちがやってくる。


 島村のおじさん、おばさん。

 子どものころ見たときより、かなり老けてるけど、見おぼえはある。


 猛はその人たちを叱責した。

「あなたたちも気づいてたんですよね? これは、れっきとした犯罪ですよ?」


 すると、おばさんが走りだした。

「逃げて! 逃げて! 陽一ッ!」


 猛は戸渡さんを離し、追いかけた。

 おばさんの声を聞いて、島村家から、とびだしてくる人がいる。


 僕の目は、また、おかしくなったのか?

 ふたたび、ドッペルゲンガーを見てしまった。


 戸渡さんは物置に倒れてた。

 なのに、逃げていくのも、戸渡さん……?


 いや、ちょっと違うぞ。

 パッと見、とても似てるけど、よく見ると、少し違う。戸渡さんより、だいぶハンサムだ。ヒゲも、きれいにそってある。


 猛は——速い。速い。

 おばさんを追いぬき、みるみる、ドッペルゲンガーに追いついていく。表通りに出たところで、背後から、とびつき、サッと組みふせた!


 猛ぅー! カッコイイーッ。


 僕は、ふうふう言いながら、やっとのこと、追いつく。


 道ばたに押さえつけられた人は、たしかに、ある意味、戸渡さんだ。僕らが二日めの朝に見た、戸渡さん。でも、初日の戸渡さん(つまり、本物)とは別人だ。今なら、わかる。


「猛。どういうことなの?」


 猛は告げる。

「この人はな。島村さんだよ。島村陽一さん」


 うーん。これが、となりのお兄さんか? 記憶にないなあ。


「かーくん。子どものころ、女の子にまちがえられて、怒ってたじゃないか」


 とたんに思いだした。

 そうだ。そう言えば、いたっけ。

 僕のこと、女の子だと思ってた美少年!


 薫ちゃんは十年たったら、すごい美少女になるぞって言われて、ふんがいしたものだ。チャラチャラしてて、キライだったんだよなぁ。女の子には優しいけど、僕が男だと知った瞬間に冷たくなった。


「この人が、島村陽一さん? なんで、戸渡さんのふりしてたの?」

「たぶんだけど。島から追放されたんだろ。島の秩序を乱すから。だから、他人のふりして、こっそり出入りしなきゃいけなかった」


 どういうことなんだか、ぜんぜん、わかんないなあ。


 そこへ、三村くんがやってきた。

「加納さんちに知らせてきた。つかまってた人は運ばれたし、警察も、じき来よんで」

「観念するんですね。これまでの悪事を認めて、全部、つぐなってきてください」


 猛の言葉に、陽一さんはわめいた。

「おれは悪くない! 不倫くらい、誰だってするだろ?」

「不倫だけならね。でも、未成年をだまして、島から、つれだすのは犯罪ですよ」


「おれが、つれだしたんじゃない! 勝手についてきたんだ。ちょっと、芸能プロダクションに顔がきくって言っただけで、それだってウソじゃないからな」


「行方不明になった島の子たちですね。金銭目的か、欲望のためか。利用したら、すてる。そのくりかえしだったんでしょう? 相手の子が、その後、路頭に迷っても、知らんぷりで」


 陽一さんは、ギリギリ歯ぎしりした。


「この島のやつらなんか、みんな死ねばいいんだよ。ひどいめにあって、泣きさけべばいいんだ!」

「あんたが島から追放されたのは自業自得だ。それは逆恨みってもんだろ? あんたさえいなければ、この島は平穏だった」


 猛は、きびしい声をだす。


「南咲良をさそったのも、あんただろ? 去年の祭りの日」


 咲良さんを?


「じゃあ、咲良さんを殺したのは、この人? 咲良さんの年上の恋人ってやつ?」


 僕は聞いたけど、誰も答えてくれなかった。


 駐在さんがやってきた。

 陽一さんは手錠をかけられ、駐在所にひっぱっていかれた。

 島村のおばさんが泣きくずれる。


「猛。僕、わけがわからないんだけど」

「あとで話してやるよ。とにかく、これで犯人は確定した。蘭を助けにいこう」


 僕らは、それぞれの場所に散っていった。


 僕は、辰姫神社へ。

 三村くんは、秀作おじさんたちと、竜神の洞くつへ。

 猛は……犯人のうちへ。


 辰姫神社に人影はなかった。

 蒼太くんもいないみたいだ。

 岩場になった崖の近くにも、蘭さんはいない。


 やっぱ、ここじゃないのか。

 もしかして、ていよく、猛に追いはらわれたかな?


 とりあえず、誰もいないことを連絡はする。


 猛には蘭さんのスマホを持たせた。

 スマホならラインのグループで同時に話せるし、蘭さんのスマホは耐水性だ。なんかの役に立つかも。


 僕に応えて、三村くんの報告。



 ——こっちも、おれへんわ。今、みんなで中に入ったとこやけど、蘭の姿、見えへん。



 うーん、あそこは人の隠れてられるスペースはないからね。


 でも、それじゃ、おかしいじゃないか。

 猛の念写は絶対だ。

 蘭さんは岩場っぽいとこにいるはずなんだけど。


 僕は崖下をのぞいてみた。けど、たおれてる人影なんてない。そのこともラインに送っとく。


 猛からの返事。



 ——犯人は出かけたあとだ。おれも今から岩場に行く。



 もしかして、犯人が蘭さんをつれてるのか?


 僕らの緊張は、いっきに高まった。

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