五章 にえの伝説 4
僕は、キョロキョロ見まわして、やっと、塀のブロックの段差にすわる、おばあさんを見つけた。
昨日、僕の足をつかんだ、おばあさんだ。
ばあちゃん、神出鬼没だねぇ……。
「竜神さまはな。ニエを受けとるかわりに、我らにさまざまな恵みをくださるんじゃ。漁の恵みもそうじゃ。はやり病も治してくださる。
その証として、使わされるのが、竜の申し子なんじゃ。竜の申し子はな。竜神さまのお力を、ほんの少し持って生まれてくるんじゃ。人間ではないものじゃ。人と竜のあいだの子。それが、竜の申し子じゃ。海からの授かりもの。竜の申し子が願えば、我らが拝むより、多くの幸を竜神さまはくださる。反対にな。申し子さまに恨まれれば、災いが起こる。
わたしらは、そう言い聞かされて育ったけえな。じゃが、ほんとにニエを出しとったのは、江戸時代までじゃなかろうか」
聞いてもないのに、ものすごい詳しく、竜神伝説を語ってくれた。
これを聞いちゃうと、今までの僕らの苦労は、なんだったんだろうと思う。まあ、ラッキーなんだけどさ。
「そうなんですね。おばあさん、ありがとうございます」
僕は深く頭をさげた。でも、おばあさんは、立ち去ろうとする僕の袖を、ガシッとつかむ。意外と力、強いんだよな。
「ところがな。ここんとこになって、妙なことが起こりだしてなあ」
「妙なことですか」
「ああ。妙じゃよ。竜の申し子が急に何人も、海から、やってくるようになったんじゃ。親はかくしておるがな。あれは竜の申し子じゃろうという子が、立て続けに生まれてきおってな。ここ二十年ほどかのう」
「蒼太くんのことですか?」
「もちろん。蒼太は申し子じゃ。あれほど、はっきり申し子とわかる子は、ほかにおらん。だけどな。蒼太だけじゃないんじゃけえ。おかしなことがあるもんじゃろ?」
「蒼太くん以外って、誰ですか?」
おばあさんは急にだまりこんだ。
たのむよ。そこ、肝心なとこ。
あせる僕とは裏腹に、おばあさんは、のんびりした調子で、また話しだす。
「申し子を海に返すとな。どんな願いも叶うと言う者もおるんじゃよ。竜の泉が赤く光るとき、願いが叶う。どんな願いでもじゃよ? たとえ、死人を生き返らせることでも。世界中の宝をひとりじめすることでも。なんでもじゃ。怖いとは思わんかねぇ?」
なんでだろう?
僕は、とうとつに悪寒を感じた。
話の内容より、おばあさんの口調が怖い。
優しくて親切な、おばあさんだと思ってたのに、上目づかいに僕を見る目には、すごい迫力がある。
「あ、あのぉ……兄たちが待ってますので……」
僕は居心地が悪くなって、いとまごいをした。
おばあさんは、やっと僕の手を放してくれた。
「お話、ありがとうございました。あとで、また、兄たちと、うかがいますね」
にっこり笑う、おばあさんは、やっぱり優しげ。
変だな。錯覚だったんだろうか?
とつぜん、おばあさんが妖怪チックに見えたりして。
僕は会釈して立ち去る。
うしろから、おばあさんのひとりごとが聞こえた。
「咲良もなあ。……から……じゃけえ。わたしゃ、大好きな孫じゃったけどな。優しい、ええ子じゃった……」
ふりむいたときには、もう、おばあさんはいなくなっていた。家のなかに入ってしまったらしい。
(ものすごいこと聞いたぞ。早く、猛に報告しなくちゃ!)
坂道をかけあがっていくと、つきあたりのT字路に、猛がいた。ちょうど岩にかこまれた、辰姫神社の入口で、蘭さんと二人、こっちに背中を向けている。
「おーい、猛。お待たせ」
僕を待っててくれてるのかと思えば、そうじゃなかった。猛はするどい目でふりかえると、「しッ」と、人さし指を口にあてる。
「な、なに……?」
「ノラ猫ですよ」と、蘭さん。
もしや、蒼太くんか?
僕も二人のスキマから、のぞいてみる。境内に人影があった。男の子と女の子。男の子は、まちがいなく、蒼太くんだ。
女の子は——あれ? 昨日の子だな。のえるちゃんじゃないか? パーマじゃなさそうな、ゆるふわセミロングは、うちの猛と同じ、天然パーマと見た。
蒼太くんが、のえるちゃんの肩をつかんで、おどしてるように見える。のえるちゃんは、しきりに首をふって、泣いているようだ。
険悪なふんいき。
なんか、わかんないけど、マズイんじゃないの?——と、僕が言おうとしたとき、猛が動いた。ダッシュで境内に走っていく。
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