五章 にえの伝説 3


 そうこうするうちに、南家に到着。

 絢子さんは在宅していた。

 でも、なんか忙しそうだ。


「すみません。もう少し、お話をうかがいたんですが、お忙しそうですね。今、よろしいですか?」


 とまどったあと、絢子さんは了承した。

「どうぞ。主人も留守ですから」

「おじゃまします」


 僕らは、ぞろぞろと家のなかに入る。僕はタモと虫あみを、ブロック塀に、たてかけてから入った。


「明日は咲良の新盆なもんですから、いろいろ支度がありまして。これから、お寺さんにも行かないといけませんし」


「長居はしませんよ」と、猛は前置きして、昨日と同じ仏間に入る。

 今日は足しびれないように、こっそり、足くずしてないとな。


 それにしても、遺影の咲良さんは、やっぱり美少女だ。こうして見ると、あんまり、お母さんの絢子さんには似てないな。お父さん似なのかな。


 猛は、お茶の用意をしようとする絢子さんを呼びとめる。

「お気づかいなく。さっそくですが、単刀直入に聞きます。蒼太っていう少年のことです」


 絢子さんは、目に見えて、ハッとした。


「咲良さんのことと関係があるかどうかは、まだ、わからないんですが」


 そうか。猛には話してなかったか。


 僕は補足した。

「咲良さんと一番の仲よしだったのは、蒼太くんだって聞きました。だから、蒼太くんに会って話を聞きたいんですよ」


 絢子さんは嘆息した。


「そうです。咲良は、あの子と仲よくしていました。でも、友達というより、同情だったんだと思います。咲良は面倒見のいい子でしたから。わたしは、やめなさいと何度も言ったんですが……」


「何をやめるようにですか?」

「咲良は、よく家から食べ物などを持ちだして、あの子に渡していたんです。衣類ですとか」

「なるほど。蒼太くんは家がないって話ですね。いわゆるホームレスですか? でも、まだ子どもですよね?」


 核心にせまる質問を、猛がなげかけると、絢子さんはだまった。が、しばらくして、口重く続ける。


「蒼太は親がいないんです。早くに亡くなってしまって。もともと父親のわからない子どもだものですから」

「でも、それなら、養護施設で保護するなりなんなり、するべきじゃないですか? だって、まだ十代でしょ?」

「十四、五さいくらいだったよ」と、僕。


 猛は、それを受けて、さらに攻める。

「そんな子どもをなんで、ほっとくんですか? 何か、わけでも?」

「……そうです。島の人は、みんな、あの子は竜の申し子だから、かかわると祟られるっていうんです」


 出た。竜の申し子。それが知りたいんだよね。


 猛は静かに、たたみかける。

「竜の申し子って、なんですか?」


 絢子さんは、ため息とともに吐きだす。


「竜の申し子は、竜神さまの授かり子だと言われています。わたしも夫や、おばあちゃんから聞いただけで、くわしくは知らないんですけどね」

「授かり子……あの洞くつに祀られている、竜神ですか?」

「という話です」


 思わず、僕は口をだした。気になる。


「そんなの、どうやって授かるんですか? ほこらの前に、ぽんと赤ん坊が置いとかれるわけじゃないですよね?」

「いえ。巫女……になったことのある人が生んだ子どもは、たまに、そう呼ばれることがあるみたいですよ」


 僕ら三人は顔を見あわせる。


「竜神祭の巫女ですか」

「はい」


 なんだろう?

 巫女だから、特別な力を授かったってことなのかな?


 猛は、にぎりこぶしを作りながら、問いかける。


「つまり、蒼太くんの母親は、竜神祭で巫女になったことがある人なんですね?」

「翠(みどり)さんです。わたしは、ちょくせつに会ったことはないんですが」


「翠さんは、すでに亡くなっているんですね。そのかたと親しかった人を知りませんか?」

「ミキさんですね。浅茅ミキさん。ミキさんも島の外の人なんですよ。港の近くで居酒屋をやってます。今の時間なら、まだ寝てるでしょうね」


 浅茅ミキさん。居酒屋のママ。

 よし。インプット完了。


「それはともかく」と、今度、質問したのは蘭さんだ。

「巫女って、イケニエですよね? 辰姫神社の縁起を読むと、そうとしか思えないんですけど。島の繁栄を祈願して、若い娘を海に投げこんだ——そういうことでしょ?」


 さすがだ。蘭さん。歯に衣きせない。


 絢子さんは絶句した。

 そのあと、数分して、やっと口をひらいた。


「それは、ちょっと、わたしでは、わかりません。今は、まったく、そんなことはありませんから。でも、もしかしたら、大昔は、そうだったのかもしれません」


 そこまでは島育ちじゃない絢子さんは知らないか。まあ、しかたないよね。


「そうですか。ありがとうございました。浅茅さんをたずねてみます」


 猛は会釈して、立ちあがる。

 僕も、すっくと立ちあがる。

 今日は、ちゃんと歩けるもんね。同じ失敗は二度としないよ。なんてね。


 調子に乗っちゃったんで、僕は外に出て歩きだしてから、自分の手が、がらすきなことに気づいた。


「ああっ、タモと虫あみ、忘れてきた」

「かーくん。とってこいよ。さき行ってるからな」


 兄ちゃんは冷たい。ほっぺチューしてやらなかったから、すねてるようだ。


「港くらい場所わかるもんねぇ。いいよ。行っててよ」


 あっかんべして、僕は一人、走りだす。南家に帰ってくると、タモと虫あみをつかんで、とってかえそうとした。


 すると——


「竜神さまはな」と、どっかから急に声がした。

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