エピローグ 3
*
最初の予定どおり、僕らは、そのあと一週間あまり、島で遊んだ。
海辺で打ち上げ花火とか。
浴衣でホタル狩りとか。
お寺で肝試しとか。
天体観測もした。天の川のキレイなこと。京都の夜空はオレンジ色だからね(一部ね。一部。ネオンの光ぃ)。
こんなキレイな夜空を見るの、次は、いつのことか。
八月の終わり。
遊びあきた蘭さんが帰ろうと言いだす。
なので、帰る前日、僕らは南さんちに行った。あらためて仏前に手をあわせた。絢子さん、やつれてたなぁ。
「わたしのせいなんです。あの人は悪くないんです。咲良にも、あの人にも申しわけなくて……」
ハンカチに顔をうずめて泣く姿が、胸にズシッとくる。
すると、猛が言いだした。
もしかしたら、こいつ、最初から、そのつもりで、このうちに来たのかもしれない。
「この家、さびしくなりましたね。咲良さんはいなくなった。義行さんも判決は、そんなに重くはないでしょう。でも、情状酌量はムリだろうと思いますしね。数年は帰ってこない。あなた一人で待つには、この家は広すぎませんか?」
鼻をすすって、絢子さんは、ちらりと猛をみあげる。
猛は老武将のような貫禄で告げる。
「蒼太をひきとっては? あの子はまちがいなく、咲良さんの弟だ。兄かもしれないが。面影がある。きっと、あなたにとって、かけがえのない息子になると思いますよ」
わッと声をあげて、絢子さんは泣く。
二十も年上の女性を泣かせてしまう猛……やっぱり、天然レディーキラーだなぁ。
絢子さんは、コクコクと何度も、うなずいた。
咲良さんのことは悲しいけど、今度こそ、うまくいくといいね。
僕らは南家をあとにした。
*
翌日。港へ行く前に神社へ行った。
蒼太が待っていた。
ここ数日、僕らが食事を運んでやってたのだ。
「もう行くの? あんたたちがいなくなると、おれ、食うものに困るなあ。ねえ、ついていっちゃダメ?」
なんか、蒼太くんは、僕になついてしまった。腕を組んでくるので、蘭さんが冷たい目で蒼太くんを見る。
「僕はゆるさないよ。ここと、ここは——」と言って、僕と猛の手をつかむ。
「僕の特等席なんだ。誰にも譲る気はないね」
あいかわらずのストレート話法だ。
「あんた、キライ! おとなげないよ」
「けっこう。おまえに好かれようなんて思っちゃいない」
「薫が優しいからって、甘えすぎだろ?」
「ほざけ。何を言ってもムダだね。僕のほうが美しさで勝ってる」
猛が声をたてて笑った。
「蒼太。おまえには、おまえの特等席があるよ。咲良のお母さんが息子をさがしてる。咲良を愛した記憶を、ずっと語りあえる相手を」
反抗的な蒼太くんだから、ふてくされるかと思った。でも、じっさいには静かに、うなずいただけだった。
「おれも、咲良のこと、忘れたくない」
「ああ。がんばれよ」
ぽんぽんと、猛は蒼太くんの頭に手をかける。
そうか。これって、父の動作なんだな。猛は僕らの、お父さん。
蒼太のことは、もう心配なさそうだ。きっと、最初はえんりょがちに、だけど、何年か経つうちには、ほんとの家族になっていくんだろう。
僕は手をふった。
「元気でね! 蒼太くん。こまったことあれば手紙よこしてよ!」
蒼太くんは思いっきり手をふりかえしてきた。子どもっぽいしぐさは、とても新鮮だった。暗いかげは、もう感じられない。
*
青い空。白い雲。あ、キリンだ——
いや、まちがい。イワシだね。
この島に来たときとは、雲の形が変わってる。秋空になっていた。
フェリーが乗り場を遠ざかる。
颯斗くんや海歌ちゃんが、ずっと手をふっていた。
走りだす船上から崖のほうを見ると、そこにも手をふる姿がある。蒼太くんだろう。
「みんな、みんな、元気でねぇー!」
さけんだけど、もう聞こえないかな?
蘭さんは淡白。
「身も心もリフレッシュ。早く次の話、書こ。猛さんも、かーくんも、僕に任せてね。かせいであげるから」
ありがたやぁー。
神さま。仏さま。蘭さんさまぁ。
おがんでいると、崖の上の蒼太くんのとなりに、誰かがならんだ。大人の女の人だ。こっちに向かって手をふってる。
「絢子さんだね」
「ああ。よかったな」
「うん。また遊びに来ようね」
「そうだな」
「来年の夏ね」と、これは蘭さん。
夏の別荘と認識してるらしい。
ちゃっかりしてるよ。
三村くんがクギを刺す。
「おまえら、次は最初から、おれのこと呼べや? 事故ってから呼ぶんは、やめえや?」
「ごめん。ごめん。悪かったよ」
笑ってごまかしてから、話をそらす。
「あっ、それにしてもさあ。猛、まちがってるよ。南さんち、絢子さん一人じゃないよ? おばあちゃんがいるだろ?」
「えッ!」と、三村くんが奇声を発する。
「か、かーくん?」
蘭さんは、うろたえる。
「なに言ってるんですか? おばあさん?」
猛はニカッと白い歯を見せた。
いつもどおりの、いい歯ならび。
「そのこと、いつ言おうかと思ってたんだけどな。かーくん。あそこのうちのばあちゃん、とっくに亡くなってるぞ? 仏間に遺影、かかってたろ?」
ウッ……ウソだ! そんなのウソだぁーッ!
「やめてよね。猛。そうやって、すぐ僕をおどそうとする! だまされないからねぇ!」
「だましてないよ」
「ちがーう。だましてるんだ!」
「かーくんって、意外と見える——」
「わあ、わあ、わあッ! 聞こえない。聞こえないー!」
なんにせよ、楽しい夏休みだった。
悲しいこともあったけど。
僕らの夏は、こんなふうにすぎていく。
きっと、これからも、ずっと……。
了
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