十章 申し子の真実 3


 颯斗くんは鼻をぐずつかせた。きっと、そうしないと、涙がこぼれるからだろう。


「じゃあ、おれがいらないから、海から海歌をもらったわけじゃないんだね」


 秀作おじさんが苦笑いした。

「海歌と敦が似てるのは、たまたまだよ。二人とも直幸に似たんだろうなあ」


 そういえば、そうかも?

 逆に、颯斗くんは丸顔で、和歌子さんに似てる。


「そっか……病気か」

 颯斗くんは、なっとくしたようだ。

 病気なら、しかたないもんね。


「颯斗。おまえは、おれたち、みんなの子どもだ。おまえも海歌も大切な子どもだ。そんなことで、もう悩まないでくれ。お父さんたちが悲しいじゃないか」


 そう言って、秀作おじさんは颯斗くんの頭をぽんぽんとたたいた。


 これは、猛もよくやるやつだ。

 気持ちいいんだよね。


 颯斗くんは涙を浮かべながら笑った。この涙は、もう悲しみの涙じゃないんだろうな。


 親子のしこりが溶けたところで、僕は口をだす。ごめん。ほんとに気になるんだよ。


「じゃあ、海歌ちゃんは直幸おじさんと和歌子さんの、ほんとの子どもなんですよね? なんで、竜の申し子だなんてウワサが立ったんだろう?」


 さっきまで涙ぐんでたのに、おじさんたちの顔がこわばる。


 秀作おじさんは、颯斗くんの背中をたたいた。


「さあ、あっち行ってなさい。海歌が一人残されて、怪しむといけないからな」

「うん!」


 颯斗くんはニッコリ笑って、走っていった。


 大人だけになると、猛が切りだす。


「あっちゃんが体外授精で得た子どもだということを島の人たちは知らない。あっちゃんと海歌ちゃんが似てたから、ウワサになったんですね。たぶん、島の人たちは、海歌ちゃんのことを、秀作おじさんと和歌子さんの子どもだと考えた。竜の申し子とは、正式な夫婦のあいだ以外にできてしまった子ども——そうですよね?」


 秀作おじさんが、うなずく。

「猛は頭がいいなあ。子どものときから、そうだったが」


 そうか! そういうことっだったのか。

 そういえば、蒼太くんと咲良ちゃんが似てるのは、兄妹だからだ。


 蒼太くんは、まぎれもない竜の申し子。南義行さんと、翠さんのあいだの不倫の子だ。


 秀作おじさんは語った。


「島の暮らしは連体だよ。今はもう昔ほど不便じゃないが、大昔なら、ほんとに絶海の孤島だ。みんなが一つの共同体だって気持ちが大切なんだ。

 そんなとこに、夫婦のあいだにできるはずのない子どもが生まれたら、争いの火種だ。理不尽なことは、みんな承知の上で、そういう子どものことを、海から授かったんだって言ってたわけさ。竜神さまの子どもだから、大切にしないといけないって理由をつけて、あきらめたんだ。自分の子じゃない子を育てさせられることをな」


 なるほど。それが竜の申し子の真実。

 カッコウの托卵みたいなものか。

 大人の事情で生まれた伝説だったんだね。


 猛は思いっきり、にぎりこぶし作って考えこんでる。

 そして、何人かの名前をあげた。


「これ、今、行方不明の島の子どもだそうですね。その子たちは竜の申し子と呼ばれていますか?」


 おじさんたちは、しばし、三人で話した。


「熊田んとこは言わんな。細川は、そんなウワサもあるが」

「細川は、かみさんが前に島から出てったとき——」

「ちなちゃんは、違うわ。似てないって言うけど、あそこの亡くなったおばさんに、よう似てる」


 話しあいの結果、怪しい子もいないわけじゃないが、ほとんどは違う、ということになった。


「島で、そういうふうにウワサされてる子どもではないんですね? ほんとに申し子なのかどうかじゃなく」

「細川さんとこの柚子ちゃん以外は、そうだね」


 猛は前より、いっそう、深く考えこむ。

「……ということは、この場合…………ってわけじゃない」


 なにやら、ブツブツ、つぶやいてる。

 なかなか、話しださないので、秀作おじさんが言った。


「話がすんだなら、メシにしよう。今日は祭りだ。島の男は総出だからな」


 猛は顔をあげた。

「祭りはするんですね?」

「もちろん。ずっと続いてきた伝統だ。祭りはするとも。ただ、警察に岩場には入るなと言われてるからな。船で行き来せんとならん」


 昨日、のえるちゃんに、あんなことがあったのに、祭りはするんだ。


 猛が、たずねる。

「巫女は誰ですか?」


 秀作おじさんは、ちょっと顔をしかめた。

「予定では、のえるちゃんだった。あんなことになったからな。きゅうきょ、代理を立てることになった」

「それは、誰です?」


 秀作おじさんの顔は、ますます、けわしくなる。声音も暗くなった。


「海歌だ」


 こんな不穏な祭りの日に、海歌ちゃんが……。


 いや、不穏だから、なのかもしれない。島民は、みんな、自分の娘を危険なめにあわせたくない。巫女にすることをイヤがった。だから、島の長たる、おじさんが責任をとらないわけにはいかなくなった。そういうことか。


 ふと、僕は思いだした。

 この前、あっちゃんの夢を見たっけ。あのとき、あっちゃん、なんて言ってたかな?



 ——おねがいだよ。かーくん。妹を助けて。



 たしか、そう言ってたはず……。

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