十章 申し子の真実 2


 そのとき、表のほうが、にぎやかになった。秀作おじさんが帰ってきたらしい。

 猛が立ちあがる。

 僕らはそろって母屋へ向かった。

 秀作おじさんは、だいぶ、くたびれて見える。


「おお、猛。帰ったのか。おまえの友達なんだがな——」


 言いかけるおじさんを、猛はさえぎった。

「薫から聞きました。ところで、おじさん。大切な話をしたいんです。今、いいですか?」


 秀作おじさんは、猛の顔を見て、何かを組みとったようだ。


「わかった」と言って、仏間へ入ろうとする。

「あなたと直幸おじさん夫妻と、できれば、颯斗くんも集めてもらいたいんですが」


 秀作おじさんは顔をしかめた。


「あのことか?」

「そうです。あなたがたの秘密についてです。颯斗くんが、そのことで悩んでたのは知ってましたか?」


 秀作おじさんは首をふった。


「そうか。颯斗がな。誰かから、中途半端なウワサでも聞かされたんだろうな」


「そうです。このさい、はっきりさせたほうがいいのでは? 颯斗くんも、そのくらいのことは理解できる年ですよ」


「そう……かもしれないな。もっとさきに……大人になってから話そうと思ってたんだが」


 なんなんだ。この会話は?


 わけがわからないが、ともかく、僕らは離れに逆戻りした。なぜ、離れかというと、猛の提案だ。海歌ちゃんに話を聞かれたら困るからってことで。


 三村くんだけは、母屋に残った。

 ごめんね。三村くん。せっかく来てくれたのに。


 八畳の離れに座卓をはさんで、僕と猛、加納家の人たちが向きあう。


 猛が口を切る。


「時間がないので、いきなり、きついことを言いますよ。この島の竜の申し子伝説と、それにからむ真実について。そして、そのことで、あなたがたが受けた誤解についてです。

 秀作おじさんが周囲にそのことをかくすわけは、まあ、わかります。こういう閉鎖的な島の頭領ですからね。漁師のなかには気の荒い人も多いでしょう。それをまとめなければならないわけだから。事実を知られると、男のメンツが立たない。そんなふうに考えたんでしょうね?」


 秀作おじさんは、うなずく。

 猛が何もかも知っていることに、おどろきながら。


「なんで、わかったんだ?」

「子どものころのことです。薫が夏風邪ひいたとき、おじさん、妙なこと言ってましたしね。オタフクは子どものときに、すましとくんだぞ——とか。第一に、海歌ちゃんです。あの子は、あっちゃんに似すぎてる」


 えっ? あっちゃん? なんで、ここで、あっちゃんなんだろう?


 僕は、さぞ、キョトンとしてたんだろうなあ。


 猛は続ける。


「似てるはずだ。だって、あっちゃんと海歌ちゃんは兄妹なんですよね? いや、げんみつに言えば、颯斗とも兄弟なんだ」


 颯斗くんが、ポカンと口をあけた。

「えっ? えっ? なんで? アツシは、秀作父さんと、死んだおばさんの子どもだよ?」


 猛は秀作おじさんをうかがう。

 おじさんは嘆息して、みずから口をひらいた。


「わかった。自分で話そう。颯斗、じつはな。敦は、ほんとの意味では、お父さんの子どもじゃないんだ」

「えっ?」


 颯斗くんも、おどろいてるけど、僕もおどろいた。そんなこと、あっちゃんは、ぜんぜん知らなかったはずだ。


「あっちゃんも養子ってことですか?」


 思わず、口をはさむ僕を見て、秀作おじさんは苦い顔をした。


「そうじゃない。薫。おじさんはな。若いころに、おたふく風邪にかかったんだよ。優香が生まれてすぐだな。優香が男なら問題なかったんだが……」


 あっちゃんのお姉さんが生まれてすぐってことは、おじさんが三十くらいのときか。


 おたふく風邪……それは、たしか、大人の男がかかっちゃいけない病気だったような気がする。

 なんでだったっけ?


 記憶をしぼりだし、やっと思いだす。


「そうか! おたふく風邪って、大人の男がかかると——」

「そうなんだ。子どもが作れなくなる」


 子どもが作れない。


 じゃあ、あっちゃんは誰と誰の子どもなんだ?

 幼くして死んじゃったことから見て、雅おばさんの子どもだったことは、たしかだと思うんだけど。

 それで、颯斗くんや海歌ちゃんと兄弟……。

 つまり、直幸おじさんの子どもってことか?


 えっ? それって、直幸おじさんと雅おばさんが不倫——


 すると、僕の顔を見て、猛が首をふる。

「みんな、そう思うだろうな。それで、あんなウワサが立ったんだ。海歌ちゃんは竜の申し子だって」


 颯斗くんも中学生だからな。

 僕と同じようなことを考えたようだ。不信の目で大人たちを見る。


 秀作おじさんは、ため息とともに告げた。


「敦は直幸と雅の子どもだよ。ただ、おまえたちの思ってるような関係じゃない。うちは旧家だ。血すじを絶やすわけにはいかないからな。直幸に体外授精の精子提供者をたのんだんだ」


 体外授精か。

 それなら不倫じゃない。

 むしょうに、ほっとした。


「それを、この家の大人は全員、知ってたわけですね?」と、猛。


 直幸おじさんや和歌子さんが、うなずく。和歌子さんは涙ぐんだ。


「でも、そのことで、颯斗にさみしい思いをさせてるとは思ってませんでした」と、和歌子さんはつぶやく。


 こっちは、その“さみしい思い”で殺されかけたんだからね。ちゃんと誤解といてくださいよ。

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