一章 なつかしの海 2

 *


 さて、翌日。

 早朝に京都を発って、僕らは、その島へ向かった。新幹線で岡山まで行き、そこから列車を乗り継いで、最後にフェリーだ。


 フェリーは一日二便だけ。

 朝と夕方に、あたりの島々をじゅんぐり巡航する。

 僕らは夕方の便にまにあった。

 フェリーの甲板から見る瀬戸内海は、西日で金色に輝いていた。


「わあっ、キレイだねぇ! ねえ、蘭さん。ほらほら。念願の海だよ」

「いいですね。潮の香り。生きかえります。ねえ、猛さん?」

「ああ」


 はしゃぐ僕ら(はしゃぐのは、僕と蘭さん)は注目の的だ。

 学校帰りなのか知らないけど、なんか甲板には、やたらと高校生っぽいのがいる。


 なにしろ、蘭さんは生きたバービーだし、猛はジャニーズも真っ青の超イケメンだ。ついでに言えば、僕もいちおうアイドル(女の子……)に似てるとは、何度か言われた。


 女の子たちの視線が、まぶしいなあ。


「ねえ、超カッコよくない?」

「でも、彼女いるよ」

「えっ? あれ、男でしょ?」

「女でしょ? 化粧してない?」


 いや、蘭さんは、すっぴんです。


「男じゃない! キレイすぎる!」

「でも、背、高くない?」

「外国人なら、ふつうじゃない?」

「胸ないよ」


 ないですよ。男ですから。


 カモメはミャーミャー。

 JKはキャーキャー。

 海はいいなぁ。


 ウキウキしてると、いきなり、バシャリと音がする。そう。あれは、シャッターを切る音。

 ふりむくと男が一人、立ってた。

 三十代くらいの男だ。なんか、大きなボックスを持ってる。よく写真家が道具入れてるようなやつ。

 そして、ファインダーは、こっちに向いてる。


 蘭さんが、ムッとする。

 つっかかっていこうとするのを、猛が肩をつかんでひきとめた。かわりに、自分が男のもとへ歩いていく。


「すいません。今、写真、撮りましたよね? 見せてもらってもいいですか?」


 男は、ひるんだ。

 まあ、そうだろう。

 猛は身長、百八十五センチ。

 パッと見、ゴツくはないけど、Tシャツから伸びた腕とか、胸筋とか見れば、かなり鍛えてると、ひとめでわかる。そのうえ、身ごなしにスキがない。こんなヤツに、からまれたら、誰だって怖いよね。

 ほんと、兄でよかった。


「勘違いかもしれないけど、おれのつれ、撮ったんじゃないですか? もしそうなら、消してもらいたいんですが」


 男は急に笑いだした。もじゃもじゃの髪をかきまわす。

「ああ、写真ね。撮ったよ。ほら」


 すごい本格的な望遠レンズついてるけど、デジカメのようだ。男のさしだすカメラのメモリーを見て、猛は苦笑した。僕らに向かって、首をふってみせる。


「失礼しました。勘違いでした」


 蘭さんを盗み撮りしたわけじゃなかったらしい。

 猛が頭をさげると、男は、また笑った。


「いいよ。いいよ。こっちこそ、まぎらわしいことして悪かったね。動物写真家なんだよ。カモメが間近にいたもんだから」


 無精髭がショボショボ浮いてはいるが、そこそこハンサム。着てるものも、なんか無造作だし、芸術はバクハツだぁ——っぽい空気感がある。

 なるほど。写真家か。


「キレイな彼女つれてると大変だね。やあ、ほんと近くで見るとスゴイ美女だ——初めまして。戸渡とわたり賢志けんじです。これも、なんかの縁なので、よろしく」


 ちゃっかり、こっちに向かってきて、蘭さんの前に手をさしだした。


 しかし、蘭さんも負けてない。猛の手をロボットアームのように持って、戸渡さんの手をにぎらせた。


 猛がニカッと笑うと、戸渡さんは頭をかきまわした。


「君たち、どこの島に行くの?」と、聞いてくる。

「竜ヶ島です」


 かりに、その島を竜ヶ島としておこう。


 人口千人ほどの小島。

 島の産業は、ほぼ百パーセント漁業。副業に農業。

 島には高校がないので、少年少女は高校生になると、島を出ていく。卒業して帰ってくることは、まれ。ほとんどは、そのまま、岡山や大阪で就職する。

 島の加速化は深刻だ。が、最近になって、なぜか観光客が増えだしてるという話だ。


 島猫のせいだろうか?

 原因はよくわからない。


「君たちも竜ヶ島か。いっしょだね。おれも、そこに行くとこなんだ。また、どっかで出くわすかもな。よろしく」と、戸渡さんは言った。


 この人、笑うと、なんか子どもっぽい。人なつこい感じだ。

 僕はもう心をゆるしてる。

 笑顔のいい人に悪人はいない!


「戸渡さんは、なんで竜ヶ島、行くんですか? 島猫の写真、撮るんですか?」

「うん。それもあるけどね。もうじき、お祭りがあるんだよ」

「ああ。お祭りの写真、撮るんですね。僕らも子どものとき、一回だけ見ました。竜神祭」

「去年は大変だったからなあ。あのお祭り」


 カモメにパンの耳、なげていた蘭さんが、するどい視線で、ふりかえる。


「お祭りで、何かあったんですか?」


 蘭さんの声を聞いて、戸渡さんは硬直する。


「あ、あれ? ずいぶんハスキーだね。いや、魅力的だけど。個性的で」


 いやいや。ハスキーっていうか、男の声だし。

 いいかげん、気づいてほしい。

 蘭さん、男だよ?

 まあ、この顔で、この髪。しかたないのか?


 服装はふつうのTシャツにデニム。リュック背負って、外国人観光客のコスプレだ。

 ナンパされたら、「はあ? あんたの目玉、どこについてんの?」と、ドイツ語で、なじる。言葉が通じないとわかると、たいていの人は逃げていく。今までのなかでは、なかなか秀逸なナンパよけコスプレだと思う。


 ひとつ難点を言えば、金髪が目立ちすぎて、みんな、顔にしか目が行かないことだよね。胸がない——と気づいた女子高生は、よく見てるほうだ。


 しかし、戸渡さんはハスキーボイスの美女と、得手勝手にナットクしたようだ。話を続ける。

 このとき、僕らは戸渡さんの口から、大変なことを知った。


「去年の竜神祭で、女の子が死んだんだ」

「えッ?」

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