エピローグ 1



 翌朝。


 加納家の離れ。

 蘭さんは、点滴を打って、眠ってる。顔色は悪いけど、大きなケガはなかった。よかった。


 夜明けまで警察が来たり、犯人が連行されたり、バタバタしてたから、僕らはほとんど寝てないんだけど。でも、変に目が冴えちゃって、とても寝られそうにない。


「なんか、ほんとに、わけのわからない事件だったなぁ」


 ふとんのなかで僕がつぶやくと、となりのふとんから、三村くんがアクビをかえしてくる。


「薫なんか、まだええで。おれ、なんのために来たんや。ほんまに、おれがおる必要あったんか?」


「あったじゃないか」と、猛が応える。

「蘭のために船から泳いで救命胴衣、運んできたろ?」

「それだけやな」

 三村くん、ちょっと、すねてるようだ。


「それだけでもいいよ。僕なんか、ぜんぜん、カヤの外だよ? みんなが必死になってるとき、僕は神社でうろたえてただけだもんね!」


 もちろん、これは僕の魂の叫びなりぃー。


 猛は笑う。

「そんなことないぞ。蒼太は海歌を殺すつもりだった。でも、かーくんに説得されたからやめたんだろ? かーくんだって、人命救助してるよ」


 なるほど。説得も人助けか。

 僕は、あっちゃんとの約束、守れたのかな?


「なんか、いろいろ、わかんないんだけどさ。教えてよ。猛は、いつから気づいてたの?」

「何に?」

「たとえば、あのほこらのなかの穴が、岩場の溝と通じてたこととか」


「おまえの桃太郎、ひろったときにだよ。それ以外ないだろ。桃太郎は穴の途中の岩だなに、ひっかかってた。それが外に出るってことは、夜中、満潮になると、あのあたりまで海水が来るってことだ。底のほうで岩場の溝とつながってるから、引き潮のときに、あそこまで流されたんだ」


「つまり、島の人たちは、みんな、それを知ってたってこと?」

「そうだろうな。島の人にとっては一般常識的な知識なんだろう。だからこそ、あそこに咲良の遺体が浮かんでたのを、誰も不思議に思わなかったんだよ。咲良が自分で、ほこらのなかに入っていったんだろうって」


「ほんとは違うんだよね?」

「ああ。咲良は四時には海歌と入れかわって、洞くつの外に出てた。あの子どもだけが通れる、ぬけ道を使ってだ」


 そうか。犯人が通って洞くつに入ったわけじゃなく、被害者が洞くつを出ていったのか。


「つまり、咲良さんは、洞くつの外で殺されたってこと?」

「ああ」


 猛はさみしそうにうつむく。


 猛はいつも、事件の終わりには、こんな顔をする。猛にしか見えてない事件の真相が、そんな顔をさせるらしい。


 それも、しかたないか。

 犯人があの人じゃ……。


「なんで、あの人が犯人なの?」


 たずねると、猛はため息をつく。


「けっきょくさ。一番、罪作りなのは、島村陽一なんだよ」

「ああ。あの元チャラ美少年ね」

「ああ。美少年だったよな。今はわりと、ふつうの人になっちまったけどな。おれらがガキのころは、ほんとに海から来た竜神みたいに神秘的だった」


 島村陽一は県警につれていかれ、取り調べを受けている。芸能関係者っていう立場を利用して、青少年に悪事を働いていたらしい。本人は否認を続けているが、居酒屋の浅茅さんが、ほとんど、すべての犯罪を知っていた。


 じつは、浅茅さん。島村陽一が高校時代、つきあってたっていう年上の彼女らしい。島のなかじゃ人目があるから、外で会ってたんだそうだ。しかし、年上も年上。ものすごい熟女だね……。


 薬を盛られたっていう、蘭さんの証言で警察が行ったときには、浅茅さんは刺されて危険な状態だった。出血多量で危なかったらしいが、一命をとりとめた。蘭さんを逃した落胆のあまり、島村の悪事を洗いざらい話したという。


 思うに、ふつうの人になっちゃった島村より、今まさに星の輝きのように麗しい蘭さんにまいっちゃったんだろうな。


 猛は続ける。


「竜神のように。竜の申し子のように。今の蒼太のように」


 うん? 蒼太くん?

 そういえば……あれ? なんか似てるような?

 島村陽一からチャラさをぬけば、蒼太くんそっくりになるような——


「えっ? なんで? 蒼太くんの父親って、南さんじゃないの? だって、咲良ちゃんと蒼太くんは兄妹なんだよ?」

「ああ。そうだよ。二人は兄妹だ」


 猛の面持ちは、ますます悲しげになる。


「でも、父親は南さんじゃないんだ」

「ええっ?」


「島村だよ。島村陽一。それについては証言もある。島村の同級生に写真を見せたんだ。その人は写真の人物を、高校時代の島村だと断言した。ただし、おれが見せたのは、島村の写真じゃない。蒼太の写真だったんだ。蒼太は、島村陽一の息子だ」


「蒼太くんの父親が、島村さん……なんで?」


「島村は自分が美少年だってこと知ってた。島の外でも、ハデに遊んでたみたいだけどな。同じだったんだよ。島のなかでも。既婚者に手をだしたり……もっと悪いのは、竜神祭のときだ。蘭から聞いたんだが、昨日さ。ほこらから出てきた蘭を見て、海歌は蘭を竜神だと思いこんだらしいよな。島の女の子なら、みんな、そう思うんじゃないか? 夜中、暗い洞くつのなかで一人おびえてるときにさ。ものすごい美少年が竜神のほこらから出てくるんだ。この人、人間のふりしてるけど、ほんとは竜神だったんだ——って」


「それは、つまり……」


「そういうこと。だから、二十年前——島村陽一が十五、六くらいのときから、急に島に申し子が、やたら増えたんだ。夫婦のあいだにできるはずのない子どもがさ。それが、みんな、けっこうな美少年や美少女で、ある人物に似てれば、誰だって真相に気づく。

 島村は島の男たちからハブにされて、島に帰ってこれなくなった。今度、おまえの顔を見たら殺す、くらいのことは言われたかもな。腹いせに島出身の子をだましてたのは、あいつさ。

 それだけじゃあきたらなくて、島へ帰るために工作した。戸渡さんとは仕事の関係で知りあったみたいだな。よく見れば、まったく違うんだが、パッと見は自分によく似た男——使えると思ったんだろう。自分の紹介だとは絶対に言うなと約束させて、この島のことを教えたんだ。島に行けば、おれの両親が、ただメシ食わせてくれるって。

 戸渡さんは、いつも金に困ってるような人だ。金がなくなるたびに、ここに来て、ブラブラしてたんだろう。それで、島の人たちのあいだで、あれは島村じゃなく、戸渡さんだと意識が固定化されるのを待った。自分が島に帰っても、戸渡さんだと思われるように」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る