八章 祭前夜 2

 *


 ああっ! 深夜になってしまった。

 なんで、猛はなんも言ってこないんだ? そもそも、僕らのこと探してないのか?


 イライラするのは、おなかが減ってるからかもしれない。


 格子戸から月明かりが入ってくるんで、わりと周囲は見えている。


 僕が、さっきから気になってるのは祭壇だ。祭壇の上にならべられた、おそなえもの。生のスルメや米がある。

 それに、お神酒だ。なぜか、ワンカップ。たぶん、保存のためだろう。


 じつは喉が渇いて、しょうがないんだよね。


 夏だもん。お盆前日。

 いや、十二時まわったから、今日からお盆か。

 今日は八月十三日でございィー。


 真夏の夜。熱帯夜。


 昼から、ずっと、水一滴も飲んでない。このままじゃ脱水症状になってしまう。


 僕は決心した。


「神さま。辰姫さま。ごめんなさい! しがない人間一人の命を救うと思って、おゆるしください。おそなえものは、あとでお返ししますんで!」


 僕はワンカップを手にとると、フタをはずし、いっきに半分、喉の奥に流しこんだ。


 プハーッ。うまい!

 喉にしみわたる。


 辰姫さまぁー。おかげで生き返りましたぁー。


 しかし、さすがに生のスルメや生米は食えないな。なんか、ないかなとポケットをさぐると……おおっ、あるじゃないか。小袋に入れたイリコが。


 僕は猫用に持ち歩いてた、だしジャコをかじりながら、ワンカップを飲みあかす。

 ちなみに、ワンカップは左右に二つずつ、計四つ、おそなえしてある。でも、いつ出られるか、わからないからな。いっぺんに全部は飲まないでおこう。とりあえず、一本ずつ。


 僕が下戸でなくて、よかった。

 下戸でも飲んだだろうけど。


 このとおり、僕の現状は、さほど切羽詰まってない。


 でも、蘭さんは、どうなんだろう?

 心配だ。

 もう一度、電話をかけるものの、やっぱり出てくれない。


 こまった。

 なによりもバッテリーが残り少ない。二十三パーセントだ。このまま使えなくなるのはヤバイ。


 しょうがない。

 親せきの子に閉じこめられましたとも言えないから、警察には連絡しなかったんだけど。

 どうも、この調子じゃ、ぐうぜん、人がやってくるまでに何日かかるかわからないぞ。


 僕は奥の手を使うことにした。

 電話の受信履歴から、ある人の番号をえらぶ。夜中だけど、怒るかな……。


 だって、加納家の電話番号はおぼえてないし。こっち来る前に連絡したのは、うちの固定電話からだから、履歴にも残ってない。

 となると、誰でもいいから、とりあえず、電池の残ってるうちに、つながる人にかけとかないと。


 というわけで、僕は真夜中二時に電話をかける。

 いいんだ。こんな時間だからって怒る相手じゃない。三村くんにとっては、二時なんて夕方みたいなもんだ。


 思ったとおり、すぐに電話はつながった。


「はいな。鮭児けいじやで!」


 うっ……酔ってるな。

 僕以上にワンカップを飲んでるに違いない。


「三村くん。楽しく酔ってるとこ悪いんだけど」

「おお、かーくんかいな。酔ってへん。まだ酔ってへんでぇ」


 そうだった。三村くんちは盆正月になると親類じゅう集まって宴会をするんだっけ。明日から、お盆だから、すでに始まってるな。


「三村くん。真剣に聞いてほしいんだよ。単刀直入に言うけど、僕、拉致られて軟禁されてるんだ。助けてほしいんだよ。猛に電話つながらないし。蘭さんも危険なめにあってるみたい」

「またまた、だまされへんで。そんなんじゃ大阪人、笑わすには百年早いな」

「そういうんじゃないんだよ!」


 大声だすと、受話器の向こうが押しだまる。


「……かおる。冗談もたいがいにしときや。ほなな」


 ああっ! 切られてしまった。


 しょうがないんで、とりあえずラインは送る。


 ここにいたった事情と、この島までのルート。

 加納家をたずねて、辰姫神社に助けをよこしてほしいってことを書きなぐる。

 僕はスマホ超早打ちなんで、なんとか電力十六パーセント残して、詳しい事情を送ることができた。


 これで、どうにか、最後に、もう一回、電話することはできるだろう。最後の一回は警察かな……。


 ちょっと安心して(あきらめがついて)、僕はウトウトした。


 目がさめたのは、物音が聞こえたからだ。足音だったように思う。


 ん? 誰か、来た?

 三村くんか? いや、まさかな。

 三村くんは大阪の友達だ。

 蘭さんと出会った事件のとき、三村くんとも知りあった。

 さっきの今で到着できるわけがない。そもそも、今ごろ、親類縁者で深夜マージャン大会でもしてるに違いない。


 じゃあ、猛か蘭さんか?


 僕は、じっと入口を見る。

 格子戸のあいだから、月光が、さんさんとふりそそいでくる。

 格子のすきまから、影が伸びてきた。誰かが外に立ったのだ。そのまま、影は動かない。


 なんでだ? 怖いじゃないか。


 そういえば、お盆なんだよな。あの世の人が帰ってきてる……。


 なんて考えてしまう。


 こうちょくしたまま、僕は影を見つめた。

 心臓がバクバクする。

 数分がすぎただろうか。

 ダメだ。このままじゃ、緊張で気を失ってしまう。


 頼みます! オバケなら立ち去ってください。

 僕なんか怖がらせたって、なんにもなんないよ?

 悪いけど、お経も読めないし!


 必死に願っていると、影がしゃべった。


「なんで、こんなとこにいるの?」


 そう言うと、すうっと人が近づいてくる。格子のすきまから、顔が見えた。


「あれっ? 君は……」


 オバケじゃなかった。蒼太くんだ。

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