八章 祭前夜 1



 蘭が目ざめたとき、あたりは暗かった。


 夜だからか?

 それとも、光のささない場所にいるのか?


 手足がしばられている。

 結束バンドのようだ。

 手は後ろ手に。足は両足を足首のところで。


 そのまま、よこたえられている。


(ああ、もう。やんなっちゃうな。この状況、何度めだっけ?)


 だが、まだ恐怖にうちふるえてはいない。もっと最悪の状況だってあった。

 今はしばられて放置されているだけだ。何が目的にしろ、今すぐに命の危険があるわけではない。


 重要なのは、ここが、どこであるか。

 そして、誰が、なんのために蘭をさらったのか。


 ここが、どこであるかは、わからない。あたりが暗すぎる。

 誰が、蘭を気絶させ拉致したか。それも、わからない。


 ただひとつ、なんのために、さらったか——


 それは、うっすらとだが、わかる気がする。

 竜の申し子を海に返せば、願いごとが叶う、という。

 それに、蒼太が薫に言っていたらしい。あの人も海から来たの?——と。

 あの人というのは、蘭のことのようだ。


(つまり、僕をニエにする気なんだ)


 蘭はこの島生まれではない。

 とうぜん、竜の申し子ではないが、拉致したやつにとっては、そのへんは、どうでもいいのかもしれない。

 蘭を竜神にささげれば、いかにも効果絶大のように見える。そこが大切なのだろう。

 これほどの美貌だ。とびっきりのイケニエをささげるのだから、どんな願いだって叶えられるのは当然だ——そう、思うのだ。


 つまり、今、放置されてるのは祭りの前だからだ。祭りが始まる瞬間から、蘭の命は危うくなる。それまでに、なんとか逃げださなければ……。

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