七章 海への捧げもの 3

 *


 はい、かーくんです。


 そのころ、僕は、おどされていた。

 あいかわらず、背中がチクチクする。


「そこをまがれ。左手だ」


 まがれと言われたのは、両側が岩になった、辰姫神社の入口。

 どうやら、僕は神社につれられていくらしい。

 まさか、柵をこえて、崖から、とびおりろとか言われるんじゃないだろうな?


(あれ? もしかして、ここの崖から、とびおりたら、下の岩場にひっかかる。ということは、のえるちゃんは……)


 そういえば、午前中。

 僕らは、のえるちゃんを見かけた。

 神社で蒼太くんと話していた。

 何か言い争っていた——というより、蒼太くんが一方的に、のえるちゃんを泣かせていたようだ。


 あのとき、蒼太くんは消えてしまったけど、僕らがいなくなったあと、もう一度、二人で会ってたのかも?


(ということは、のえるちゃんを殺したのは、蒼太くん……崖から、つきおとしたのか?)


 さっきから聞こえる背中の声……どっかで聞いた声だ。男だけど、大人じゃない。声変わり前の、やや高い男の子の声。


 まさか、蒼太くんなのか?

 もしかして、このまま、僕、殺されるのか?


 にわかに、僕はドキドキしてきた。


「そ……蒼太くん?」


 おそるおそる、声をかけてみる。

 が、返事はない。

 かわりに、グリグリ背中をつつかれた。


 はあ、やんなるな。

 猛がいなくなったとたんに、これだ。


「そこの戸をあけろ」


 社の前で命じられる。


「えっ? こんなところ、あけたらバチがあたるよ。それに、カギがかかってるんじゃないの?」

「いいから、言われたとおりにしろ」


 うーん、蒼太くん……か?

 ちょっと違う気もするし、わかんないなあ。


 とにかく、背中をグリグリされるんで、しょうがなく、僕は社の両扉をあけた。

 頑丈な、かんぬきはついてる。けど、それを止めるカギがないから、外からなら好きに外せる。


 薄暗い社。

 三畳か四畳くらいのせまい空間だ。

 板敷きになっていて、奥に簡素な祭壇がある。


「蒼太くん。落ちついて話そう。なんで、こんなことするんだ? 悪いことはしないほうがいいよ」


 鼻で笑うような声がした。

 それと同時に、ドンと背中をおされた。

 なんとなく、予測はしてたんで、僕はふんばった。けど、向こうには、海歌ちゃんもいたんだっけ。二人で続けざまに押されると、ゆかに倒れこんでしまう。


 外から両扉がしめられた。

 バタンと、ひじょうな音。

 そして、外で、かんぬきをかけようとする気配があった。


 僕をとじこめる気か。


「ちょっと待った! こんなことしたって、意味ないよ? 猛が帰ってきたら、僕らがいないことは、すぐわかるんだから」


 とびらに、とびついた僕は、ギョッとした。

 両扉は格子戸になっていて、すきまから、相手の顔が見えた。


「あれ? なんで……」


 蒼太くんじゃなかった。

 真剣に悩むんだけど。

 なんで、僕は親せきの子たちに、監禁されなきゃいけないんだ?


 僕をとじこめたのは、颯斗くんだ。


 颯斗くんは、とびらにかんぬきをかけ、海歌ちゃんと立ち去った。


 そういえば、中庭の秘密の話し声。

 一人は、海歌ちゃんだった。

 ということは、もう一人は颯斗くんかもしれないって、考えてたのに。


 うかつだった。

 しかし、とじこめられてしまったんだ。もう遅い。


 いいんだもんねぇ。

 ちゃんとスマホ持ってきてるもんねぇ。


 しょせん中学生。

 非行に走ろうとしたって、すぐには、こういうとこまで気がまわらないんだよね。


 僕はスマホを手にとり、猛に電話した。


 猛は、まだガラケーだ。

 ある理由で、とんでもないクラッシャーだから、高いスマホは持たせられない。


(早く出てよ。猛)


 ダメだ。いっこうに出る気配がない。

 まさかと思うが、カバンに入れっぱなしか?


 しょうがなく、次は蘭さんに電話ーーと思ったら、あれ? 留守電、入ってる。


 蘭さんからだ。


「かーくん。今、どこにいるの?」と、蘭さんの声が告げる。


 蘭さんも僕を探してるのか。

 近くにいてくれるといいな。


 しかし、かけても、こっちも、まったくつながらない。そのうち留守電になった。


 変だなぁ。

 加納家に帰ったんなら、蘭さん、タイクツしてるはずだ。僕からの電話なら、すぐに出ると思うんだけど……。


 このごろ朝早かったから、寝ちゃったのかな?


 あきらめて、僕は電話を切った。


 スマホの充電量は60パーセント。

 まあ、まだ大丈夫。だからって安心はできないけどね。

 つながるまで電力が持つって保証はない。


 とりあえず、猛と蘭さんにメールを入れる。


 そのあと、スマホはポッケに入れて、格子戸から外をのぞいてみる。


 誰かお参りにでも来てくれないかなぁ。

 声をかけて出してもらうのに。


 だが、僕のあわい期待は、ことごとく裏切られる。

 ぜんぜん、人通りがない!

 皆無だ。


 信じられないことに、そのまま夜になった。

 夕方ごろに一度、八時すぎにも一度、電話をかけるも、猛と蘭さんは応えてくれない。


 これは……いくらなんでも変だ。


 猛は、まだわかる。

 超絶クラッシャーの猛は、ふだんからケータイ使わないんで、よく家やカバンに起きっぱなしにすることがある。今もそうなんだと思う。


 でも、蘭さんから連絡がないのは、おかしい。蘭さんが昼寝してしまってたとしてもだ。加納家に帰ってるなら、誰かが夕食のときに起こしにいく。そして、一般的な夕食の時間は、とっくにすぎている。


(蘭さんの身に何かあったんじゃ……?)


 僕の不安は、いっきに高まった。




 *


 そのころ、猛は本州にいた。


 県警の現場調査も終わったので、夕方のフェリーで移動したのだ。どうしても調べてみたいことがあった。


 そのさい、財布をとりに、いったん加納家に帰ったが、薫も蘭もいなかった。


「薫と蘭がいないんですが、どこかに出かけましたか?」

 和歌子にたずねると、

「昼ごろ、二人で出ていかれましたねえ」という答え。


 まあ、二人でなら問題はあるまい。


「じゃあ、おれ、本州の用をしてきますので、そのあいだ、弟と蘭をおねがいします。たぶん、明日か、あさってには帰ってきますので。薫たちが帰ってきたら、そう伝えてください」


「わかりました。気をつけて行ってらっしゃい」


 言づてをして、フェリーに乗った。

 あることを調べるためだ。


 どうしても、気になる。


(戸渡賢志……あの人は、もしかして——)


 猛の考えどおりなら、きっと、それが関係している。

 今回の事件の根底に——

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