オマケ 短編

あの日の約束(前編)



 これは僕らが瀬戸内海に浮かぶ竜ヶ島で、ある殺人事件を解決した直後の話だ。


 悲しい事件が終わってからも、しばらく、僕らは竜ヶ島に滞在していた。


 けっきょく、お盆すぎちゃって、一度も泳ぐことはできなかった。


 そのぶんをとりもどそうというように、蘭さんが、がむしゃらに田舎ライフを満喫しようとするんで、とても離れられない。


「肝試ししましょう!」


 言いだしたのは、当然、蘭さんだ。


「ええで。おもろそうやなあ」


 三村くんは、かるく答える。

 三村くん、もう帰ってくれてもいいんだけど……。


 猛は僕の顔を見て笑った。

 そりゃ、笑いたくもなるだろう。

 たぶん、僕は、この世の終わりみたいな顔してただろうから。


「反対! そんなのより、花火しようよ! 打ち上げ花火」

「花火は昨日やりました」


 わかってるよ。蘭さん。とっさに花火しか浮かんでこなかっただけ。


「じゃあ……ええとね。流星群、観察しよう!」

「それもいいけど、僕は肝試しのほうがやりたいな」


 猛は、ただ、くすくす笑ってる。

 僕が子どものとき、肝試しで失禁したことを思いだしてるんだろう(くわしくは、オバケ屋敷のメソッドにて。宣伝)。


「なんで? かーくん。やりたくないの? 怖がりなのは知ってるけどね。なんか、ようすが変ですよ」


 あくまで、蘭さんが主張してくるんで、猛が口をひらきかけた。


「あのな。蘭。かーくんはな——」

「わあああッー! なにチクろうとしてんの? それでも兄か? いいよ。行くよ! 行けばいいんでしょ?」


 ハッ! しまった。思わず、行くって言っちゃった。


 蘭さんは猫みたいに目を輝かせる。

「決まりですね! 今夜、山の上にある、あのお寺でしましょう」

「ええッ! お寺ぁ?」


 寺と言えば墓。墓と言えば寺。

 切っても切りはなせない、この関係……。


「そうですよ。それとも、かーくんは、あの岩場のほうがいいですか? 人が何人も殺された現場……それも、すてがたいんですよね」


 人が死んだ……そんなの、イヤに決まってる!

 つい最近だよ? まだ、そのときのようす、おぼえてるんだけど。


「お寺がいい!」

「じゃあ、決まりね」


 うーん。うまいこと、蘭さんに、のせられた気がするなぁ。

 しかし、こうなってしまえば、もはや、やめるって言ったって聞いちゃくれない。


 その夜、僕らは島の北側にある小高い山にのぼっていった。

 そこで、僕は不思議な体験をすることになる。

 これは、夏の夜の身の毛のよだつような怪談話だ——なんてね。




 *


「じゃあ、一人ずつで行きましょう。境内の裏に墓場がありましたよね? あの奥の灯ろうに、このロウソクを一本ずつ立てていく。あとで、ちゃんと立ってるか、みんなで確認に行く——いいですね?」


 ああ、もう。蘭さん、はりきっちゃって。完全に、しきってるもんなあ。


 ちなみに、僕らが墓場の場所を知ってるのは、前に墓参りに来たからだ。あっちゃんの法事、猛も蘭さんも出られなかったからね。


 猛の礼服姿……やっぱり、カッコよかったなぁ。髪が天然ラーメン髪なせいで、じゃっかんホストっぽいけど。サラリーマンではないね。


 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。


 僕は、これから、大いなる試練に立ち向かわなければならないんだ。


 はぁ……やだなぁ。


 夜の墓場。

 しかも、暗い!

 まわりに、なんの明かりもない!


 田舎の夜の暗さには、なれたつもりだったけど、ここは、その比じゃない。あたりに家がない。お寺は住職さん家族が住んでるはずだけど、電気は全部、消えていた。外灯もない。

 完全なる夜の暗闇。

 なんせ、夜空のほうが青いもんね。


「……ほんとに、行くの?」

 いちるの望みにすがって聞いてみたけど、誰も相手にしてくれなかった。


「順番、どないするんや?」

「ジャンケンでいいんじゃないですか? クジとか作ってないし」


 なんで、三村くんも蘭さんも、こんなに平常心でいられるんだろう?

 猛なんか、アクビしてる。

 おまえは、どんだけリラックスしてんだ?


「ほな。ジャンケンなぁ。いんじゃんーほい!」

「ほい」

「ほい」

「ほい」


 負けた……。

 あっけなく、負けた……。


 猛が笑いながら、無慈悲に懐中電灯を渡してくる。


「じゃあ、かーくん。これ、ロウソクな。ライターも」


 ううっ……猛ぅ。ついてきてぇ……。


 だが、僕の心の声は、兄に届かない。

 ぽん、と背中をたたかれて、僕は墓場へと歩きだす。


 やだなぁ。ドキドキ。暗いよ。怖いよ。

    


    


    


    


    

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