十章 申し子の真実 1
夕方。
港で僕はフェリーの到着を待ちに待っていた。
黄金色に海がそまるころ、ようやく、そいつは帰ってきた。
さんばしを歩いてくる、そいつの首に、僕はとびついた。もう、ほっぺチューだって大放出だもんね。
チュっ、チュっ、チュのチューっ。
「兄ちゃーん! バカ。バカ。待ってたんだよ! なんで、いなくなったりしたんだよぉー」
猛は僕の大歓待に、とまどいつつ、ニパニパしている。目なんか、タレ目に見えるよ。人相変わってるよ? 兄ちゃん。
「なんだよ。かーくん。やっぱり、兄ちゃんがいないと、さみしかったのか?」
うん、そうだよと言ってほしいんだろうけど、こっちは、それどころじゃない。
「違う! 蘭さんが行方不明なんだ」
今度は脳天に角棒ふりおろされたみたいになった。精神的打撃で、二、三歩よろめきさえした。
「う……ウソだろ? たった一日で?」と、うめく。
「そう。たった一日で。秀作おじさんや警察にも頼んで、島じゅうを探したんだよ。それでも見つからないから、たぶん、どっかの家のなかに拉致られてる」
猛は深々と、ため息をついた。
そのうしろから、もうひとつ、ため息が聞こえると思えば、おやおや、三村くんもいるじゃないか。
「あれ? 三村くん? なんで?」
「なんではないやろ。自分が呼びだしたんやで」
「電話、切ったくせに!」
「酔うとったんや。起きてメール見て、仰天したわ。ほんまに、こないなことになっとるんやな。おまえも監禁されとったんちゃうんか?」
「あれは解決した。事態は動いてるんだよ。今は蘭さん探すことが先決!」
猛は再度、ため息を吐いた。
「薫。とにかく、状況、話してくれ。おまえが監禁されてたってことも、ふくめて」
「わかった」
僕はすべてを告げた。
加納家に帰るまでの道すじで、昨日のことは、だいたい全部、話した。
猛はずっと、にぎりこぶし口にあてて考えてる。
「……やっぱり、そういうことなんだな」
「そういうことって?」
「うん。まあな。秀作おじさん、今、どうしてる?」
「蘭さん探してくれてるよ。けど、夕食前には帰ってくるんじゃないかな」
門を勝手にくぐり、離れに入る。
和歌子さんが置いといてくれたポットから、急須に湯をそそぎ、僕は煎茶をいれる。お茶うけも嬉しいね。
「じゃあ、そのとき、おじさんとは話そう。それより、かーくん。おれに、いろいろ話しとかないといけないこと、あるだろ?」と、猛。
「えっ? なに?」
「たとえば、南さんちのばあちゃんに聞いたこととか」
「ああ。そうだったね」
それにしても、猛、落ちついてるな。
「蘭さんは探さないの?」
「探すよ。もちろん。けど、その前に、いらない枝葉をちょん切っとこう。じゃないと、蘭がどこにいるかも、しぼれない」
「蘭さん。まだ、ぶじかな?」
「ぶじだよ。祭りが始まるまでは」
自信満々で、猛は断言した。
「祭りまでは……って?」
「とうぜん、いつものやつだろ。ニエだよ。蘭のやつ、竜神祭のニエに選ばれたんだ」
僕は飲みかけていた煎茶をふきだした。
いやはや、ほんとに、こんなコントみたいなことになるんだな。猛も猛だよ。もっとタイミング見て言ってくれれば——って、それどころじゃない!
「ニエッ?」
「そう。いけにえ」
「いや、ていねいに言いなおさなくていいから」
「だから、祭りの前までは大丈夫だ。犯人は夜中に行動するつもりだろう。それまでに謎をといて、蘭を助けだすんだ」
「わかった」
兄ちゃんが本気だ。
ギュッと両手をにぎりしめて、歯をくいしばった。
カッコイイなぁ……。
ハッ! いかん。いかん。だから、かーくんだってブラコンだよねって言われるんだ。
僕は気持ちをひきしめた。
南さんちのおばあさんに聞いた伝説を思いだしながら語る。
「なるほどね。申し子を海に返すと、願いが叶う——か」
「どんな願いでもだって! 死人も生きかえらせるって、伝説なんだよ」
「じっさいには死人が生きかえるわけないけどな。でも、そういう理由が必要なんだろ。自分の子どもをニエに出すんだから」
「はっ? ばあちゃんは、自分の子ども限定とは言ってなかったよ?」
「竜の申し子っていうのが、ほんとは、なんなのかだよ。そこ、重要ポイントな。テストに出るぞ」
猛は、また真顔でジョークを……。
「ほんとは、なんなの?」
「それは、秀作おじさんと話さないと」
いや、あの顔は、ほんとはもう確信してるんだ。
猛は、ほんと秘密主義なんだから。
さらに、猛は質問してくる。
「かーくん。ほかに、おれに話しとくことない? かーくんはさ。けっこう、重要なこと知ってて隠してることあるだろ?」
「べつに、なんにも隠してないけど……」
でも、それで思いだした。
「そういえば、蒼太くんと話したんだよ。ほら、神社から出してもらったとき。それで、言ってたんだよね。のえるちゃんたちが、なんか大変なことしたらしいんだ。咲良さんが亡くなったことに関係してるんだと思うよ」
昨夜の蒼太くんとの会話も、あらいざらい話す。
僕は記憶力だけはムダにいいんで(推理力はないけど)、こういうときは、猛の役に立つ。
「そうか。蒼太は咲良を殺したのが、咲良の恋人だと思ってるんだな?」
「違うの?」
それには、猛は答えない。
ズルイ! ほんとは、わかってるくせに。
でも、僕がこう思うのは、解決が近いってことでもあるんだよね。
猛は、もう事件の謎をときつつある。
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