エピローグ 2
僕は感心した。
いつもながら、さすがだ。猛。
「猛は、いつから気づいてたの? 島村さんが戸渡さんに化けてるってこと」
「二日めの朝だよ。おれはガキのころ一回、会っただけだから。島村が大人になった姿を想像するのは難しかった。初日のフェリーのなかで、戸渡さんを見て、もしかして、島村なんじゃないかと疑った。なんとなく見おぼえがある気がして」
僕は、ぜんぜん、気づきもしなかったけどねぇ。
「でも、それは、おれの勘違いだったんだよな。二日めの朝、島村を見た瞬間にわかった。こいつが本物の島村だって。なのに、戸渡さんのふりをしようとしてたから、絶対におかしいと思ったよ。なんか、たくらんでるってね」
「けっきょく、島村さんは何しようとしてたの?」
「さあね。そこまではわからない。でも、たぶん、島の女、全部、おれのものにしてやるとか、そんなことじゃないかな。ああいうタイプの復讐の方法は」
ひれつだけど、器のちっちゃい男——か。
「じゃあ、初日の夕方に、フェリー乗り場で見た戸渡さんのドッペルゲンガーは、あの人だったのか」
「そのこと、もっと早くに兄ちゃんに言っといてほしかったよ」
だって、そんな話したら、また僕をからかうじゃないか。かーくん、オバケを見たんだなぁ、とか言って。
むくれると、猛は笑う。
「あいつのせいで、島には申し子が増えた。蒼太も、そう。南咲良も、そうだったんだ」
そうか。たしかに二人は父親の同じ兄妹だった。でも、その父親が、僕らの思ってた人じゃなかったんだ。
「咲良を島から誘いだそうとしてたのも、島村だったみたいだな。女優にしてあげるとか言われてさ。去年の祭りの日、海歌と入れかわって、外に出た咲良は、荷物をとりに自宅へ帰った。それを、あの人に見つかってしまったんだと思う。
進路について、親と言い争ってたって、響花たちが話してたろ。その場で口論がぶりかえした。咲良はフェリーの時間もあるから、カッとなっただろうな。禁句を言ってしまったんだよ。きっと。『あんたなんか、わたしのお父さんじゃないくせに!』——たぶん、そう言った……」
それは、つらかっただろうなあ。
愛する奥さんが浮気してできた子ども……。
それを知りつつ、あの子は申し子だから、竜神さまからの授かりものだからって自分をだまし、だまし、育ててたんだ。
あれほどの美少女だ。
何も知らずに、お父さん、お父さんって、なついてくれてるころは、可愛くてたまらなかったろう。
でも、その子が、ほんとは自分の子どもじゃない。そのことを娘自身に指摘されたら……。
「はずみで、殺しちゃったんだね?」
そう。犯人は、咲良の父。南義行だ。
南さんは犯行を全部、みとめているという。警察に連行されてからは、憑き物が落ちたように、ガックリしてるんだそうだ。
「悲しいね」
「ああ。悲しいな。きっと、南さんの心の内には、ずっと、くすぶってたものがあったんだろう。それが、あの瞬間に爆発したんだろうな。可愛くて、愛しい娘。でも、憎くて、やりきれなかったんだろうな」
「うん」
思えば、絢子さんの口調がなんとなく歯切れが悪かったのは、そのせいか。
もしかしたら、夫が娘を……と疑ってたんだろうな。その原因が自分の浮気のせいなら……それも、やるせない。
「じゃあ、咲良さんの服をぬがせたのは、巫女が入れかわってたことを隠ぺいするため。もしかして、遺体は洞くつのなかまで運んだわけじゃないのかな?」
「だろうな。島のみんなは、ほこらと岩場の溝が通じてることを知ってる。だったら、わざわざ、洞くつのなかまで運ばなくても、岩場の溝に入れとくほうが手間がかからない。それに、洞くつの入口を見張ってたことにしとかないといけないからな。あまり長く、その場を離れることはできなかっただろう。
儀式が終わって、みんなが去ったあと、すぐに岩場の溝に遺体を入れて、あとは朝になってから見つけたふりをすればいい。遺体は溝に運ぶ前、船のなかに置いといたんだろうし。その船で洞くつの前まで行くんだから、さほど時間はかからなかっただろう」
「のえるちゃんのことは?」
「もちろん、巫女の入れかわりを知ってたからだ。のえるが南さんを犯人だと知ってたのかどうかはわからない。ただ、何かのきっかけで、のえるが、その話を南さんにしてしまったんだろう。ほっとくことはできないと思われて、殺された」
何から何まで悲しい事件だ。
口は災いの元だね。ほんと。
「もうひとつ、わからないんだけど」
「ああ?」
「南さんは、なんのために、蘭さんをニエにしようとしたの? 蘭さんが事件のこと調べまわってるからジャマだったの? でも、それなら、僕らだって狙われるよね?」
猛はさみしげに笑う。
「だからさ。はずみだったんだよ。ほんとに殺したかったわけじゃない。きっと、竜神に生きかえらせてもらいたかったんだ。咲良を——自分の娘をさ。蘭をささげれば、死人でも生きかえりそうな気がするだろ?」
なんだか涙が出てくる。
そんなこと不可能だとわかってるのに、すがりたくなってしまう。それほど後悔してたのか。
僕らが、だまりこんでいると、蘭さんが目をさました。
「かーくん……猛さん……あれ? 鮭児くんも?」
ほほえみながら、こっちに手をのばしてくる。
カワイイなぁ……甘えてるよ。
この人が無事で、ほんとに、よかった。そのことだけは感謝しよう。
竜神さまも、命をうばうには惜しいと思ったのかもしれない。
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