輸血
二十五、宮廷へ
人々の賑わい、笑顔、色とりどりの服や、薄汚れた布一枚の者、大きな腹を抱えた男に、商品を値切る声。
様々な人と平和と幸福と悪意と欲と善意がごった返す国、『間王国』。
王宮を国の中心とし、東西南北に分かれ、それぞれの特色を見せる都と、そこから外れた農村部をかかえて、この国はたった一人の王のもとに回る。
その王を護るは、王宮の敷地を囲む頭二つほど上の城壁、王宮内を警備する、王の三大親衛隊の総称である
そして、王を身体の内側から守るは、王お付の医官、御医だ。
「お久しぶりです、
徳剛宮の前で深々と頭を下げ、花精を出迎えたのは、御医の
花精の「久しぶりですね、どうか顔を見せて下さい」という言葉でやっと、水瓶の深く彫り込まれたような皺が目立つ、柔和な笑顔が見える。
すっかり白が多くなった細い髭を指で遊びながら、水瓶は
花精もまるで久々に会う祖父に甘えるように、恵民署での出来事を嬉嬉として語っていたが、あまりにも長くなりすぎたためか、後ろに控えていた
「花精様、まずは陛下に挨拶をしなければ」
花精も水瓶も「なんだ」と言いたげな顔で、惜しげに会話を中断して、徳剛宮へ足を進める。
园丁は当然の事を言ったまでなのに、と思いはするが口には出さず、二人の後をついて歩いた。
「今日もわざわざ徳剛宮で待っていてくれるのですね」
広くて大きな階段をひとつずつ登りながら、花精はそう、呟いた。
「えぇ、陛下にとって花精様は特別ですからね」
水瓶はからかうようにしてそう言うと、花精も笑う。
普段、王は
徳剛宮は王の生活をするための宮殿だ。
すなわち、王は花精を自身の生活圏の間に招待するほど、心を許している。
御医と共に徳剛宮へ入り、王の御座す部屋の前まで行くと、緑の
「陛下、花精様が参られました」
と、声をあげた。しばらくもしないうちに扉の向こうから「通せ」との玉声を賜った三人は、尚宮二人がかりで開けた扉から入室する。
「よく来た」
綻び一つ無い
身に付けている服や装飾品だけでなく、威厳のある声、出で立ち、雰囲気、全てが『王』だと訴えかけるその人物はゆっくりと笑った。
「おじさん!」
花精は声をかけられるなり王をおじさんと呼び、駆け足で傍まで寄る。
花精の無邪気な様子を止められる者は居らず、园丁も水瓶も見慣れた光景だというようにただ見守る。
王もまた、手によく馴染む花精の柔らかな波打つ黒髪を撫ぜた。
「恵民署ではどうだ?上手くやれているか?」
自身の像をよく映す深い蒼の瞳を覗きながら、王が尋ねると、また花精は水瓶にも話した内容をぺらぺらと話す。
王に手配してもらった術式道具への礼や、どんな術式をしただとか、面白い医女に会っただとか。
とあるお気に入りの医女の話を持ち上げたところで、花精は「あ」と思い出す。
「そうだ、おじさんに頼みたい事があって。また帰省する時が来たら──」
「くしゅん!!───ッ〜!!」
唐突に襲った鼻のむず痒さに従うまま、くしゃみをすると腹部の傷が痛み、声にもならない悲鳴をあげる。
「大丈夫?痛むの?」
昼餉の途中、腹部を抑えてうずくまる
「大丈夫よ。──なんだか噂されていたような気がする」
鼻をずる、と吸って、鉄製の匙で柔らかい白米を掬う。
噂をされるのも美人の特権だと納得して、それを口へ運ぶ。
「そういえば花精様は?」
太陽が真上からさあ西にいくか、となった頃にやっと、今日一日花精を見ていないこと、扉越しではあるが、恵民署の門の外で花精の顔を一目でも見えたなら大袈裟な声をあげる女たちの悲鳴、ではなく歓声が聞こえてこない事に気がつく。
「王宮に用事があるとか言ってたわよ」
しかしすぐ、まあ、魚運の事だしなあ、と蝴蝶は何も思い出していないと、自分に言い聞かせた。
「助手の私には何も言わずに行ってしまうのね」
自分から助手になれ、と強引な手を使用したというのに、と蝴蝶は少し頬を膨らませた。
『今日は王宮に用事があるので行ってくると、蝴蝶に伝えておいてくれ。顔を見るとお前が心配になってやっぱり行きたくなくなってしまうから、言伝で済ませる事を許せ、とまで頼む』
そんな言伝を頼まれていたっけな、と秤娘は今漸く思い出した。
王宮に行くという大事な部分は伝わっていて、一番不必要な後半部分をわざわざ付け足さなくてもいいだろうと、秤娘はそのまま放ったらかしにした。
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