十五、怪しい炎④
「なにこれ…」
まず、声に出してしまったのは
一体三人が何を目の当たりにしているかというと、女房と子供が連絡を待っているので行って欲しい、と言われた通りの家の中だ。
勝手に家に上がるのは気が引けたのだが、どれだけ呼びかけても応答が無かったため、手紙だけでも置いて行こうと中に入った三人。
そこは、とても女房と子供が住んでいるとは思えない、廃墟のようだった。
「ここであってるわよね?」
蝴蝶が一歩家の中へ足を踏み入れ、家屋内を見渡す。昼間だというのに中が薄暗いのは、部屋中の窓という窓に布がかけられているせいだ。
「いたっ」
もう一歩踏み出した蝴蝶の足に鈍い痛みが走る。大した痛みではないが、大袈裟に心配してかけよる元牛を宥めて、踏みつけたそれを見ると、小さな白い破片。
「なにかしら、これ」
柳のような女にも、元牛にも見せてみるが、二人は首を捻るばかり。
部屋の地面を注意深く見れば、同じような白い破片が、大小違えどちらばっている。
「食器?陶器…?の、破片ね」
それらは元の形など、誰も分からない程に砕かれていた。ひとつの物が大きかったのか、複数個を壊されているのか、床の色など見えず辺り一面に白の破片が並んでいる。
「珍しい作りをしているねぇ」
散らばった破片を一緒に見て、そう口にしたのは元牛。何故、生薬の名前ひとつも覚える事のできない彼が、破片を見ただけでそんな事が分かるのか、蝴蝶は尋ねてみる。
「よく物を落として割るからねぇ。ほんとついこの前、割れても片付けやすいように作ってくれてる、この国の器職人さんに感謝しろって
反省の色も無く呑気に話す元牛らしい理由だと思いつつも、秤娘もこんなやつを押し付けられて大変だと、心の中で手を合わせる。
「…片付けやすいって、こんなに砕けないってこと?」
そう尋ねると、元牛は首を振って部屋の中の地面を指さす。
「ほら、割れた所から砂が出てるでしょ?間王国の器は、そうならないように、土とかの配分が工夫されてるのが主流なんだってぇ。割れて砂がぽろぽろ出て片付けにくいのは、そういう性質の土しかない西の国からの輸入品だって言ってたよぉ。」
元牛が珍しく蝴蝶よりも物を知っている事にも驚きだが、吹き込んだであろう秤娘の博識さにも驚く。
「奥に何かない?」
地面を散らばる破片に夢中になっていた蝴蝶と元牛に聞こえるようにして、柳のような女は指を指して言う。顔をあげ、その方向を見れば、箱から溢れんばかりに積み上げられた影を見つける。
元牛は率先してそれが何かを見るために、破片の散らばる部屋を慎重に歩く。そしてひとつかみして、帰ってくる。
「これは…何かしら」
元牛の大きな手のひらにすっぽりと収まる大きさの、ごつごつとしたそれ。色は真緑をしており、何かの植物だろうとは推測できるが、見たことがない。
「秤娘と仲が良いでしょ?こんな感じの生薬の材料とか見たことない?」
元牛に期待してみるが、どうやら記憶力は先程の器の話で使い果たしてしまったのか、首を捻って「仲が良いわけではないけど」とぼそり呟くことしかできない。
「持って帰るわけにはいかないし──でも、これの他にこの家で奥さんとお子さんの手掛かりになりそうなものもないし」
この部屋には、白い破片と、この謎の緑の塊しか存在していない。女房と子供が生活するには欠如しているものがこの部屋には多すぎるし、あの男が一人者だったとしても、とても住めるような環境ではない。
「引き返すしかないわね」
本当なら手紙だけでも置いていこうと思っていたものの、こんな所に置いていけるはずもなく。三人はもやもやとした疑問が潰えないまま、
「
無事に恵民署へ帰ると、入口にはなにやら貢ぎ物かと思うほどの荷物が、木箱で届いていた。
「あぁ、私が仕入れたものです」
にこりと浮かべる花精の作り笑いは未だに慣れないのか、さっと自身の腕を抱く蝴蝶。
まわりをさらりと見てみると、仕入れ品にしては木箱がなにやら丁寧な作りをされたもので、光沢を帯びている。いかに安く手に入れられるかに重きを置いていた前
何点かはこの大量の荷物のどさくさに紛れ、花精への個人的な贈り物が混ざっているようだが。
「一体どんな高級なものを仕入れたのですか?」
それらを珍しそうに見ているのは蝴蝶だけでなく、元牛や魚運、
恵民署で仕入れる高級品といえば生薬の類なので、一体どんな薬だろうかと、薬学に明るい秤娘は普段の冷めた態度とは一変、宝箱でも見るように瞳を輝かせている。
「外見は立派ですけどね、中は普通ですよ。私の故郷から特別に取り寄せた野菜です」
そう言って荷物のひとつに手をかけ、開ける。
花精がひとつを掴み、見せてみる。
「
などという豆知識を教える花精の手に収まる程の大きさのそれは、ぱらぱらと目立つ土と同じような色の皮をしている。
「基本、食用です。煮てよし、焼いてよし、揚げてよし!生は消化に悪いのでおすすめしませんよ」
馬鈴薯とやらが調理に便利だという説明を始めたあたりで数人がはけてしまう。秤娘なんて、先程までの輝いた瞳はどこへやら、さっさと薬庫へと消えた。
「注意点がひとつあって。──とても足が早いんですね、この野菜。なので今日の献立からさっそく使ってください!」
調理に便利だというそれを知らない理由が、蝴蝶には察せた。足の早い食物は基本、この都の西側では嫌われる。
間王国の都はおおまかに東西南北に別れており、北側の寒い地域では、身体を温めるために辛い食べ物が伝統食として根付いており、さらに塩蔵や糖蔵といった保存技術にも工夫がされ、長い期間保つ食べ物が多く食される。
変わって南側は、温暖な気候で多くの作物や果物が育てられ、土地もよく肥えており、都の西や北よりも栄え、恰幅の良い国民が目立つ。
東側は海に近いこともあり、鮮度を肝にした調理方法がよく普及しており、生食なんてことはこの東側でしか出来ない高級食材として、確立を得ている。
そして西側は異国に一番近い都であるため、輸入品や渡来品が多く、この国の流行の発信地でもある。そして、南や東と違い、新鮮な食材がそのまま庶民に渡ることは少なく、かといって北側のように気温の低い環境で食材を長くもたせる事も出来ない。西側独自の食文化といえば干物ぐらいなものであり、長期保存出来なければ屑と変わらないふうに考えられている。
なので、その足が早いという野菜がこの西の都で普及するはずもなく、庶民に注目される機会も無かったのだろう。
「わかりました、花精様に少しでも故郷を感じられるようにお作り致します」
そんな不便な野菜をわざわざ取り寄せたのは、どうせ故郷が懐かしいからだろうと推測した蝴蝶は、そう言って頭を下げる。
花精もそれを訂正することもないので、そのまま下がった。
(さて、
ああは言ったものの、扱ったことの無い野菜をどう調理すればよいか、色々な献立を頭に浮かべながら、台所へと向かった。
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