第五章

5-1 三冊の監禁図書

「よお、遅かったな」


 マーチが姿を現した時、成谷は木の根本で座り込んでいた。


「腕、大丈夫?」

「大丈夫だろ。監禁図書ビブリテイカさえ手に入ればこっちのもんだ」


 そう言って、成谷は本をマーチに見せる、その装丁は深く、黒に近い紫で見るだけで鳥肌が立ってしまうほどの禍々しさを放っていた。


「お前も手に入れたんだろうな?」

「ええ」


 そう言って、マーチも本を取り出す。装丁は成谷が持ってきたものと一緒だった。


 死体蘇生ハーバード反射壁ハバレリアの二冊がここにあった。


「後一冊、部分移動テルレポートが必要なのでしたか?」


 成谷の横で立っていたクニックが言った。二人はその現実を突き付けられ、気後れをしてしまう。マーチも成谷も、そしてクニックも万全な状態とは程遠かった。こんな状態で再び無書館員(ビリニア)と相まみえたところで、勝てる気が全くしなかった。


「そういえば、ゲルセインがそっちに行かなかったか?」


 成谷の言葉に、マーチは返す言葉を探すのに時間がかかってしまう。目は合わせられず、俯いたままで言葉を零した。


「……ごめんなさい。彼が居なかったら……。私は多分、ここに居ない」


 直接的な言い方ではないものの、成谷はそれだけですぐに理解した。


「そうか。そもそもあいつはいつだって死ぬ覚悟くらいある奴だった。大往生だろう」


 成谷は空を見上げた。木々が多く、空はその間を縫うように少ししか見えなかった。それでも、今日の星は強く綺麗に光っているように見えた。


 三人の間に沈黙が長く流れた。誰かが次の行動について口火を切らないといけなかったが、全員が満身創痍だった。


「あ、いた!!」


 生い茂る木々の間から一人の小柄な少女が顔を出した。


「ルル!なんでこんな所にいるの!?」


 驚いた様子でマーチは声を上げた。ルルは肩には美しい赤色の羽毛を持つ、不死鳥フィーニクスが乗っていた。


「えっと、マーちゃんに渡さないといけない物があって」


 そういって、彼女は肩掛けの鞄を開け、中身をごそごそと探し出した。そこから取り出したものは、成谷とマーチが手に入れた本と同じ見た目をしていた。


「なんで……お前がそれを」


 成谷は驚きのあまり目を見開き、言葉がとぎれとぎれになった。マーチとクニックに至っては、開いた口がふさがらず、かといって出す言葉も見つからなかった。


「クーちゃんが取って来たの。マーちゃんに渡してくれって言われたから」

「クルーシが!?あの子一人で図書館ビブリマンションに潜入したってこと!?」


 マーチはルルの肩を掴み、揺さぶった。


「え、ええ、えっと。多分、そう。このフェルちゃんを貸してあげたから」


 ルルはいつの間にか自分の肩から近くの枝に移動していた、不死鳥フィーニクスを指さした。


「クルーシは今、ライントラフに?」

「んーん。まだ帰ってきてない。途中で療養してるみたい。一応、人を遣わせて探してもらってる」

「……そう」


 マーチは不安そうな顔で下を向いた。ルルが出した本を手に取り、中身を確認する。それは必要だった監禁図書ビブリテイカ部分転移テルレポートだった。


「クーちゃんは大丈夫だよ!強いもん!」


 ルルはマーチを励ますように強く言い切った。しかし、それは自分にも言い聞かせているようでもあった。彼女の元に不死鳥フィーニクスは傷だらけの状態で本を持って戻って来た。その傷を見て、どれだけ激しい戦闘があったのかは容易に想像できた。それに、不死鳥フィーニクスは人一人くらいであれば、運ぶことも出来たはずだった。それなのに、クルーシが帰ってきていないということは、どういうことなのか。ルルは不確定な不安を抱いてしまう。


 しかし、だからと言って悪い予感が当たっているという証拠もなかった。今はただクルーシを信じて、不死鳥フィーニクスの足に添えられていた手紙の通りにマーチの元に彼女はやってきていた。


「わかんねえ事を心配してもしょうがないだろ」

「口を……慎みなさい」


 マーチは成谷を静かに睨んだ。しかし、彼の言う事が正しいことも分かっていた。


「これで必要な本は揃ったんだ。成功してしまえば、他の事は全てなんとかなるだろ」


 成谷は立ち上がり、マーチに死体蘇生ハーバードの本を渡した。


 ここに三冊の監禁図書ビブリテイカが揃った。


 死体蘇生ハーバード

 部分移動テルレポート

 反射壁ハバレリア


 これで、全てをやり直せる。


「ねーねー、これで何をするの?」


 ルルはマーチが持つ本を訝し気に覗き込んだ。


「私もよく分かっていないのですが。これで、どうしようというのですか?」


 クニックもルル同様に不思議そうに首を傾げた。




『お前らの世界にはちゃんと原理があるんだろ』

『ああ、そうだ。だから何でも好きな事が出来るわけじゃない』

『回復魔法は細胞の活性化だと言ったよな。だったら、監禁図書ビブリテイカ死体蘇生ハーバードはどんな原理の可能性がある?』




 白峰神社での会話を思い返す。マーチは手元の本を開き、三冊にあっという間に目を通した。深い理解はこの本の術式が代替してくれる。必要なのは原理の確認。砂田の予想通りの内容かそうでないか。


「どうだった?」


 本を閉じ、顔を上げたマーチに成谷は質問をする。


「砂田の言った通りよ」






『時間の逆再生だよ。それしかない』

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