第一章
1-1 side 倉図芯 始まる物語
浮いているかのような不思議な感覚から、少しずつ自分の体の重さを認識し始める。固い床が背中に押し付けられ、自分が元の世界に戻ってきてしまったことを芯は実感した。
ゆっくりと目を開き、彼は寝起きのような動きの遅さで上半身を起こす。
「あぁ……。帰ってきたのか」
芯は神社の縁側に座っていた。そこは彼が魔法世界に召喚される直前に居た場所だった。彼は辺りを見回し、誰もいない事と、今が夜更けだということを確認する。
(そういえば、向こうの世界に行くときもこんな静かな夜だったな。)
少しの寂しさを胸の奥底にしまい、彼は立ち上がり地面に足を付けた。ふと空を見上げると、そこには星空が広がっていた。しかし、今芯が目にしている輝きは魔法世界で見た物よりもずっと小さい様に見えた。その差を目の当たりにして、彼の胸はさらに締め付けられる。
ぐっと歯を食いしばり、ぽっかりと空いた穴の底に落ちてしまいそうな自分を押しとどめた。無理矢理に足を前に出し、自宅へと戻ろうとする。そこでやっと彼は視界に少しの違和感があることに気が付いた。
「あれ……?僕の髪……こんなに長かったっけ?」
視界の中をちらつく黒い髪。手を頭に伸ばし、軽く触れる。想像よりもはるかに長い髪の毛。目を覚ます前よりも確実に長くなっていた。
(もとの世界に戻されてから数か月くらい眠っていたのか?)
しかし、芯はすぐにその考えを自分で否定する。
(この神社で何日も眠っていたら、誰かが発見するだろう。そしたら、このままこの場所にいる訳がない。だったら、他に思い当たるのは……。)
一つの可能性に思い当たり、彼は愕然とする。魔法世界に移動して、そこで彼は約三年の時を過ごしていた。だから、元の世界でも当然同じように時が進んでいると考えていた。しかし、もしそうではなかったら。
芯は自分の服の袖をまくり、腕を見る。そこにはなんとも頼りない細い腕が露わになっていた。魔法世界で暮らすうちに、彼の体は鍛えられたはずだった。元々細かった腕や足も次第に太くなり、体力もついていった。そしてそれに裏打ちされた、物怖じしない心を手に入れたはずだった。
「そんな……、そんなこと」
暗闇の中の境内にただ一人たたずむ少年は、現実をそう簡単には受け入れられず、足元を見つめたまま長い間立ち止まっていた。
倉図芯は元の世界に戻ってきた。魔法世界に行く前と何一つ変わることの無い世界に。三年間の夢のような記憶を持ったままで。
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