第二章

2-1 side 倉図芯 嘘

 ユメたちが白峯神社へと姿を現さなくなってから二週間が経とうとしていた。それでも芯は学校が終わると毎日神社へと足を運んだ。今日も居ないかもしれない。そんな不安を抱えながらも彼の中に向かわない選択肢は無かった。学校に居場所がない芯にとって白峯神社での時間が唯一楽しみで、その期待を無くすわけにはいかなかった。


 白峯神社への道中、山の裏側へと続く道を通る。そこからは急に人が少なくなり、音が次第に小さくなる。木々の擦れる音だけが心地よく耳に届き、歩いているだけで気分を落ち着かせる。緑の葉から零れる光が芯の視界の色を明瞭にさせた。


 その通り道にはひとつだけ公園が設置されていた。いつもならば、しんと静まり返り物悲しささえ漂わせるその小さな公園から、人の声がすることに気がついた。その声に宿る感情に芯は覚えを感じる。


 どこか人を見下すような笑い声。挑発するかのような楽しさを含ませる声。


 自分に向けられているわけでなくても、芯の歩幅は小さくなってしまっていた。しかし、白峯神社へと向かうにはこの道を通らないわけにはいかず、重い足を引きずるようにして前へと進む。


 その公園には鉄棒と滑り台が一つずつあるだけの簡素なものだった。その中に数人の人影が見える。ランドセルを背負った四人の子供たちが何かを取り囲んでいるようだった。


「おい、いい加減認めろよ」


 一人の男の子が半笑いの声を投げかける。それにつられるように周りの子たちもはやし立てた。


「本当だもん……。皆が知らないだけだもん」


 聞き覚えのある可愛らしい声が芯の耳へと届いた。それは公園にいる子供たちの中心から聞こえるようだった。芯は目を凝らし、声の元を覗き見た。そこには予想していた通り、ユメがしゃがんで俯いていた。


「馬鹿ねえ。あるわけないじゃん!」


 周りにいた女の子が声を上げる。どの子もユメと似たような年齢で恐らく同じ学校の子たちなのだろうと推測ができた。


 公園に一歩足を踏み出し、騒いでいる子たちの元へまっすぐに向かう。怖さが全くないと言ったら嘘になる。しかし、黒崎たちと相対するときの様な心が萎んでいく感覚は無い。相手が小学生ならば当然か。そう自虐的な思いを抱きながら彼は子供たちに声をかけた。


「君たち。何してるの?」


 集まっていた子供たちは一斉に芯の方へと視線を移した。中心にいたユメもまた芯を捉え、驚きと喜びの入り混じった目を向けた。彼女は口を開き何か声を発しようとしていたが、すぐに口を閉じ視線を落とした。


「なんだよ、別になんだっていいだろ!」


 活発そうな短髪の男の子が真っ先に威圧するように声を上げた。しかし小学生だからか目は丸く、声も高いためにどうしても可愛らしさが抜けていない。芯は出来るだけ優しそうな声を返すように努めた。


「遊んでいたのならごめんね。でもユメちゃんは僕の友達なんだ。あまり楽しそうには見えなかったからさ」


「あ!もしかしてお前が嘘つき野郎か!」


 小太りの男の子が肉付きの良い指を芯に向け、声を上げた。


「えっと……。嘘つき野郎?」


「お前が月村つきむらに嘘の話をしてるんだろ?」


 芯に向けられていた指が動き、中心に蹲っていたユメを指した。


「ユメちゃんに?あぁ、魔法世界の話のことかな」

「それだよ!魔法なんてあるわけないだろ。バカじゃねえの!」

「いや、確かに嘘のように聞こえるかもしれないけど……」


 そこまで言って芯は喉の震えを止めた。今、目の前でユメが蹲っている理由を考えたからだった。


(ユメは同じ年の子に苛められている。それはなぜ?嘘を言っていたからだ。それを認めないから、周りの子に突っかかられていた。ならば、なぜユメちゃんは嘘を言っていたのだろうか。答えは簡単だ。僕の話を聞いて、周りに話したのだろう。彼女は僕の話を信じてくれたから。でも、それを周りが信じるとは限らない。だったら、ここで僕が魔法世界の話を本当だと言い張った所でこの子たちは信じない。それどころか、ユメちゃんへの態度がより悪くなるんじゃないのか?)


 芯はユメへと目を向ける。彼女は悲しそうな表情で未だ目線を地面へと落としていた。




「嘘だよ」




 一言だけ、しかしはっきりと声を出した。


「ユメちゃんに話した内容は全部嘘。すっかり信じてくれるから面白かったよ」


 ユメは心底驚いた目を芯に向けた。それを彼も感じたが、彼女へと目を向ける事は出来なかった。ただ、冷静に悪役を演じ、子どもたちの怒りを自分へと向けさせる。


「適当にでまかせを口にするだけで食いついてくるからさあ。バカだよね」

「お前なんなんだよ!死ね!」


 小学生たちは口々に芯に向かって悪態をつく。それでも年齢差を意識しているのか、手を出す事は無かった。


「もう行くぞ月村!こんな奴の話なんか聞くな!」


 先ほどとは打って変わって、諸悪の根源は芯だと判断したのだろう。一人の男の子がユメの手を取り、公園から離れようと駆け出す。それにつられ、周りにいた子たちも続々と走り出していった。彼らの姿が見えなくなる一瞬前にユメは芯を見た。その目は何かを訴えているかのような、少し物悲しいような光を持っていた。


 公園に残るのは芯ただ一人で、物音一つしない静かな空間に飲み込まれていく。これでユメが苛められることはないだろうという安心と、きっともう彼女は白峯神社に来ることはないだろうという痛みが彼を襲う。


「まあ、これで良かったんだ」


 芯は自分に言い聞かせるように声を出した。それは空中で霧散し、後には何も残らない。彼が公園を出る直前、足元に何かがすり寄ってくるのを感じた。目を向けるとそこには猫のモモが甘えるように芯の足に顔をこすりつけていた。彼は少しだけ笑い、腰を落としてモモの頭を撫でた。柔らかい毛から伝わる暖かさと優しさが、彼を励ましているかのように感じた。


「ごめんな。僕のせいでユメちゃんに迷惑をかけて。もうきっと、会うことはないだろうから」


 芯は立ち上がり、モモに背を向け元来た道を引き返す。後ろから一声だけモモの声が響いたのは彼の耳にも届いていた。

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