3-4 監禁図書

「マーチはどうやって向こうに帰るんだ?」


 三人は未だ白峰神社に居た。砂田は近くの木に背中を預け、腕を組みリラックスした状態でマーチに聞いた。


「これが帰還呪文の役割を担っているわ」


 彼女は左手の小指を砂田に見せた。そこには二重にミサンガが結ばれていた。


「こっちで魔法が使えるってことは、他のことも出来るのか?」

「これは向こうで呪文を組んだから、その魔力が封じ込められていて使用できるだけ。この世界には源素が無いから、魔法なんて使えないわ」

「元素?」


 砂田は自分の知識を引っ張り出し、首を捻った。


「源の素と書いて源素だ」


 眉間に皺を寄せている砂田を見て、代わりに成谷が答えた。


「向こうの世界には空気中に源素が入り込んでいる。これが魔法の源なんだよ」

「それがあれば自由に魔法が使えるのか」

「そう簡単な話しでもないけどな。ちゃんと現象を理解していないと使えない。炎を出したいなら酸素の燃焼って理屈の理解が必要になる。結構めんどくさいぞ」


 成谷は足を組み、不服そうな表情をした。


「へえ。じゃあ、よくある復活の呪文なんてのはないのか」


 ゲームであるようなRPGを思い出しながら砂田は言った。どうしても魔法と言えば万能なものを想像してしまっていた。


「あるにはあるわ」


 砂田の質問ともいえない言葉をマーチが拾った。


「あるのか?」

「世代を超えて何百年も研究された術式がいくつかあるの。でもそれは監禁図書ビブリテイカといって、誰も使えないように守られているわ。その中の一つに死体蘇生ハーバードがある」


 砂田は何か考え事をするかのように沈黙した。非現実的な物事を自分の中に落とし込み、整理していた。


「でも、まず手に入らないわ。図書館ビブリマンションに入れられてて、そこは無書館員ビリニアによって管理されてる」

「他に何があるんだ?」


 手元を口に当てたまま、砂田は質問を続ける。


「なんだ。興味あるのか?」

「いいから」


 成谷は怠そうに息をはく。


「死者を復活させる死体蘇生ハーバード、指定した一部だけを移動させる部分転移テルレポート、相手の魔法をそのまま返す反射壁ハバレリア、視界を操る視界支配ジャクリダイ、視神経の伝達速度を上げる性能増加ミレントトミラ、全てを凝縮圧縮させる限界圧力ブラントス、動きの数秒先を読む認識予測カルランタン、の七つだ」


 一度の淀みもなく、流れるように成谷は言葉を出し、これで満足かとでも言いたげに砂田を見た。


 砂田は彼の説明に何一つ反応を示さずに固まっている。未だ腕を組み、視線は宙をさまよっていた。


「ま、こんなもの手に入れようとする奴はいない。図書館ビブリマンションに侵入しただけであらゆる国を敵に回すことになる。というか、そもそも生きて帰れないって言われているな」


 成谷がカルースト・メイングオラだった時、彼は図書館ビブリマンションへの侵入を計画したことがあった。欲しかったのは死体蘇生ハーバード。倒された仲間をどうにか助けたかったことによる安易な考えだった。しかし、その行動はベルヘイヤ自体へのリスクが大きく断念せざるを得なかった。


「何考えてるの?魔法は万能じゃないの。仮に死体蘇生ハーバードを手に入れたところで芯を生き返らせるなんて無理よ」


 マーチの声には悲痛の色が混ざっていた。しかし、それが自分の罰だとでもいうように、手で自分の胸を押さえていた。


「どういうことだ?」

「ちょっとは思考を回しなさいよ。こっちに芯はいるんだから魔法は使えないでしょ」

「あぁ……」


 拍子抜けしたように砂田はマーチへの視線をまた中空に戻した。


「回復の呪文くらいはあるんだろ?どういう原理だ?」


 砂田の考えが分からないままに、マーチはしぶしぶ答えた。


「簡単に言えば細胞の超活性化による自然治癒力の促進ってところね」

「やっぱりそうか……。」


 砂田は一人何かを整理するように、ぶつぶつと独り言をこぼす。マーチと成谷は彼のそんな様子を見て肩をすくめた。


「……いつ帰るんだ?」

「決めてないけど、そうね。もう明日にでも戻ろうかしら」


 立っているのが疲れたのか、マーチは縁側へと腰を下ろした。そこからは賽銭箱に腰掛ける成谷の後ろ姿と木によりかかる砂田の横顔が見えた。未だ砂田はこちらに見向きもせず、眉間に皺を寄せていた。


「ベルヘイヤは……どうなっている?」


 成谷は振り返りもせずに聞いた。


「大丈夫よ。今はあの時とは違ってお互い平和にやっているわ」

「そうか」


 そのたった一言の返答だけでも、成谷が安堵しているのがマーチには手に取るように分かった。あの戦い以降、ライントラフとベルヘイヤは友好的になっている。お互いの力関係は明確になったものの、それはどちらが弱いという話しではなく、この二つの国を敵に回すと危険だと周りに示す牽制になっていた。結果として、お互いの戦いが無いのはもちろん、他の国とも争いはほぼ消えていた。


「これから……どうしようかな」


 マーチは夜空を見上げた。こちらの世界でも相変わらずに星や月は綺麗に輝いていた。魔法世界で芯と見た空を思い出し、胸が締め付けられる。少し気を抜くと直ぐに後悔が体中を駆け巡り、涙がこぼれそうだった。


「私、もう帰るね」


 マーチは立ち上がり、尻をはたいた。白峯神社の出口へと足を向けた時、砂田が寄りかかっていた木から体重を離し、マーチを止めた。


「まて」

「なに?」

「向こうの世界に戻るとき俺も連れていけ」


 考え事の整理がついたのか、砂田は一人なぜか笑っていた。


「倉図と成谷が行けたんだから、俺もいけるだろう?」

「何言っているのよ。彼らが行けたのは偶然。それになんで砂田を連れて行かないといけないのよ」


 呆れたようにマーチは片眉を下げ、砂田に言って聞かせた。


「その時は偶然でも、今は行けるだろ?お前は倉図と会ってそのまま一人で帰る予定だったのか?それに、連れていくことに不満があるという事は、行為自体は可能なんだろ」


 マーチは図星を突かれ、驚きの感情をそのまま表情に出してしまう。マーチは芯と会い、向こうの世界に一緒に帰る予定だった。だから、一人分の枠は確かに空いていた。しかし、まさかこの少ない会話でそのことを見抜き、枠を寄越せと言ってくるとは思ってもいなかった。


「まあ、確かに私とあと一人は一緒に行けるけど。連れていく必要性がないでしょう」


 行けることは素直に認め、その上でマーチは拒否を示した。


「倉図を救えるなら、連れていくか?」

「え?」


 マーチは思わず砂田を見た。彼の目はしっかりとマーチを捉え、誤魔化している様子では無かった。


「どういうことだ?」


 気づけば成谷が近寄って来ていた。思いもよらない砂田の話に彼も食いつかないハズはなかった。


「言った通りだ。お前らの言う魔法が本当なら、倉図を救える。なんなら、きっとお前の国の人達もな」

「冗談で言うほど軽い内容じゃねえんだぞ」


 成谷は砂田に詰め寄った。凄まじいほどの争いを経験し、こちらの世界でも人を殺めた。そんな状況下で、無神経に関わってくる事を許せるほど成谷の心は寛容ではなかった。


「分かっている」


 砂田は成谷から目線を外さなかった。当然、彼は冗談で言っているつもりも無かった。


「どうやるの?」


 砂田は振り返り、マーチを見た。


「さっき言っていた監禁図書ビブリテイカを使う」

「だから言ったでしょう。死体蘇生ハーバードでも無理だって」

「使うのはそれだけじゃない」


 砂田はニヤリと笑みを見せた。


「どうするんだよ」

「向こうに連れて行ってくれるなら、教えてやる」


 砂田は改めて条件を提示した。自分が持っているカードをチラつかせ、相手との上下関係を構築する。彼にとって、芯のことはどうでもよかった。ただ一つ、砂田は自分の認識外の現実に興味があった。マーチ達の話しを聞き、救う可能性を思いついたのは事実。ならば、それを彼が利用しない手はなかった。


「それが本当だという証拠がないわ」

「当然だ。正直に言って、確実性も怪しい。だが、可能性はある。俺を連れていくならな」


 この場において発言力の大きさは砂田に軍配が上がる。マーチの選択はそれに従うか従わないかの二択を強制させられ、自分の意見が意味を持たなくなる。


「そうね……」


(可能性があるなら、もちろん縋りたい。どうせ、もう一人は連れて帰れるのなら)


「マーチ、連れて行くな」


 砂田の提案をマーチが受け入れる直前だった。横で黙っていた成谷が声を上げた。


「砂田、お前の言っている事が本当だとして、監禁図書ビブリテイカが必要なわけだな?」


「そうだ」

「だったら、マーチ。コイツは連れていくべきじゃない」


 砂田を指さし、成谷はマーチに訴えかける。


無書館員ビリニアと戦わないといけないってことだ。魔法に知見の無い砂田を連れて行った所で邪魔なだけだ」

「原理がある現象なんてすぐに適応できる」


 砂田の発言に何一つ根拠は無い。しかし、それでも彼なら本当に適応してしまうのではないかという言霊があった。


「口だけなら何とでも言えるからな」

「じゃあ、どうする?諦めて解散か?」


 砂田は肩を竦め、成谷を見下ろす。


「いや、一つ解決策があるぜ」


 成谷はマーチに目線を移した。彼女は未だ選択を迷っているようで、眉間に皺を寄せていた。


「お前からやり方を聞いて、俺が行く」


 成谷は砂田を睨み、はっきりと言い切った。

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