3-3 後悔と過ちと
「本当にここに居るとはな」
砂田は独り言のように呟いた。
「あなたが、成谷ね」
マーチの声は先ほどの砂田と同じような声量だった。しかし、物音一つしないこの境内では聞き取るのに十分で、そこには重々しい想いが憎く込められていた。
それを感じ取っているのかいないのか、彼女の質問には答えず、成谷はゆっくりと外に出てきた。マーチ達の目の前まで来て、賽銭箱へと腰を下ろす。
成谷は何かを確認するかのように、マーチを足元から嘗め回すように見た。彼女の目へと視線が移り、小さく絞り出すような声を出した。
「お前がなんでここに居る」
「俺が案内した。居る可能性があるならここしかないと思ったからな」
「そうじゃない」
砂田の返答はすぐに否定された。相変わらず目線はマーチへと注がれたままで砂田の存在は何一つ気にしていないようだった。
「どうやってここに来た、マーチ」
成谷の声は小さくとも迫力のある声だった。
「どうして……、私の名前を知ってるの」
マーチは目を大きく見開き、驚きを隠せなかった。砂田もまた彼女の隣で言葉を失う。
「答えろ。どうやってここに来た」
「ど、どうやってって……。砂田に場所を聞いて」
「そうじゃねえ!!!」
成谷は大きな声を上げる。静かなこの場所にその鋭い声は針となって四方八方へと飛び散った。草木は揺れ、止まっていた鳥たちは驚いた様子でその場から離れていってしまった。
「ライントラフ騎士団長、ファルシルアン・マーチがなぜこの世界に居るのかと聞いているんだ」
誰も声を上げなかった。まるで時間が止まっているかのようだった。マーチは耳から入ってきた言葉が自分を指しているのだとなかなか理解できなかった。
「何を……言っている?」
初めに言葉を出したのは砂田だった。この話の中に自分が関わっていなかったために、訳が分からずとも声を絞り出せたのだろう。彼は当然、マーチの名前がファルシルアンだなんて聞いたことは無かった。しかし、言葉が見つからないマーチの表情を見て、そこに間違いは無いのだと分かった。
「あなた……。もしかして……」
マーチもまた成谷を見続けていた。何か勘づいたのか、表情に恐怖の色が混ざり始める。無意識に半歩後ろに下がってしまっていた。目が見開き、指先が少し震えた。
「メイングオラ……」
「……そうだ。お前と芯に潰されたベルヘイヤの主、カルースト・メイングオラがこの俺だよ」
成谷は気味の悪い笑みを浮かべていた。その表情はマーチはもちろん、事情を分かっていない砂田さえも後ずさりをさせた。それほどに彼の顔には異常な感情が見え隠れしていた。
「なんで……、あの時死んだはずじゃ……。どうやってここに」
「だから、それは俺の質問だ」
まるで言葉の通じない子供に愛想を尽かすかのように、成谷はため息を吐いた。
「私は……。研究をしたのよ。芯に会うために」
次は成谷が驚く番だった。しかし、納得したのかすぐに表情を戻した。
「くくっ。そんなこと出来たのか。さすが
彼は小さく笑った。その乾いた笑いはこの場に不釣り合いで、緊張感をさらに加速させていた。
「お前ら、何の話をしているんだ」
砂田の頭の中は疑問で一杯だった。彼女らの会話がほぼ理解できず、言語が違っているのではないかと思ってしまうほどだった。成谷はここに来て初めて砂田を見た。
「砂田にとっては全部嘘みたいな内容だ」
「いいから、説明しろ」
成谷は右手で後ろ頭を掻き、かったるそうな様子を隠しもしなかった。
「めんどくせえなあ。でもまあ、最後にいいか」
彼はそう独り言をこぼした。落としていた目線を上げ、砂田を見る。
「別世界ってのが存在したんだよ。このマーチはそこの住人だ」
成谷は顎で彼女を示した。それに釣られて砂田はマーチの表情を見たが、否定する様子は全く見られなかった。
「俺と倉図はそっちの世界に飛ばされた。そこで各々生きていたんだよ。もちろん、お互いの事なんて全く知らずにな。ただ、その場所はライントラフとベルヘイヤっていう敵対する国だった」
「あなたが飛ばされた!?元々は芯と同じ世界にいたっていうの?」
マーチは思わず声が出た。命からがら倒したカルースト・メイングオラが、芯と同じこの世界の住人だなんてことが信じられなかった。
「そうだよ。三年前、芯と同じタイミングでな」
「ちょっとまて。三年前?。お前の事は知らないが、倉図は中学で何度も見た事があるぞ」
「俺だって驚いたさ。俺が飛ばされたのは高校二年だ。そして帰って来たら、未だ二年のまま。向こうで過ごしたハズの時間がこっちでは経っていなかった」
マーチはそこでやっと気が付いた。芯と自分の年齢、見た目に差が出来てしまっていたのは向こうで過ごした時間の差だったのだ。
そしてもう一つの事実にも気が付いた。芯が現れたきっかけとなった、ルルが傷を付けてしまった魔法陣。あの傷は二重になっていた。それによって、魔法の対象は二人取られていたのだと。
芯と成谷、二人はあの魔法陣によってマーチの世界に召喚されたのだった。
「マーチをあの廃墟で見た時は見間違いにしか思えなかったよ。本当は逃げ出すつもりもなかったが、思わずこんな所で身を隠してしまっていた」
成谷は両の手を組み、俯いた。
「どうして、まあちは成谷の姿がすぐに分からなかったんだ?戦ったんだろ?」
横に立っているマーチに砂田は声をかける。
「こんな姿じゃなかったのよ。もっと体も大きくて年齢も上に見えたわ」
「当然だ。国のトップに立ったんだぞ。威厳を保つためには見た目も重要だろう」
「飛ばされたお前がどうやって国の主になったんだ。それに高校生の変装ごときに騙される民衆なのか?」
次に砂田は成谷に質問した。次々に出てくる常識外の話に脳の整理棚が溢れかえってしまいそうだった。
「言ってなかったが、その別世界ってのは魔法が使える世界だ。見た目を変えることなど容易い。どうやって国の主に立ったかは、まあ色々あったんだよ」
成谷は両腕を後ろ側で突っ張り、体重を支えた。自然と体は斜めになり目線は星が光る夜空へと注がれる。話すたびに、もう戻らないベルヘイヤでのあの時間を思い出してしまった。
「魔法……。えー、つまりだ。魔法で成谷と倉図はそっちの世界に行き、成谷が負けて二人とも元の時間に戻ってきたと」
「そうだ」
砂田は目を瞑り、右手で頭を押さえた。
「それで、なんでお前はすぐに倉図を殺さずに仲良くなったように見せてたんだ」
成谷が息を吐く音が聞こえた。
「大切な人を無くして欲しかった。でも芯にはそんな人は見当たらなかった。だから、俺がそうなって、そして裏切った」
彼は未だ空を見上げたままだった。目的を達成したという正の感情は無いように見えた。
「なるほどな」
「なるほどな……って。お前、この話を信じるのか?」
成谷は驚いたような、少し馬鹿にしたような半笑いの表情を砂田に向ける。
砂田は空想主義者ではなかった。別世界の話を語られたところで一笑に付して終わりのはずだった。しかし、あまりにも肯定的な条件が並べられていた。
マーチと成谷、そして恐らく倉図の三人が同じ内容を話していること。
マーチが倉図を探しに来たにも関わらず、倉図の情報を知らず、見つけられなかったこと。
学外の成谷が今まで友達の居なかった倉図とあまりにもスムーズに親しくなったこと。
親しかったはずの倉図を成谷が殺したこと。
成谷がマーチを知っていたこと。
マーチが成谷を分からなかったこと。
これらの事実は必ず何かの理由で結びつく。砂田は今までの話を盲目的に信じたわけではない。しかし、それを否定して現実的な理由を探しても一向に見当たらなかった。
砂田にとって、いわば二択だった。
彼らの話を否定するか、自分の常識を否定するか。
「……信じてやろう」
そう答えながら、砂田は自分が馬鹿だなとも思っていた。しかし、頑なに話を信じなかったところで、代わりの真実は顔を出さない。ならば、常識を否定するだけで答えに辿り着く方が論理的とも言える気がした。
「くくっ。それは意外だった」
こんな妄想的話を面と向かって信じると言い切られ、成谷は思わず笑いがこぼれた。しかし、すぐに表情をしまい、真っ直ぐにマーチを見つめた。
「それで、どうする?マーチ。あの時は思わず逃げ出したが、俺はもうどこにも行かない。殺すなら殺してくれ」
全てを諦めたかのように成谷は両腕を左右に広げた。
マーチの体は小刻みに震えていた。全身に無駄な力が入り、憎しみに打ち震える目で成谷を見ていた。何かのきっかけ一つで飛び掛かり、首を絞めてしまいそうだった。彼女は無理矢理に自分の口を開き、絞り出すように声をだした。
「殺さない。……生きて」
小さな声だった。それでもその声は成谷と砂田に届いた。理性で感情を抑え込んでいるのが手に取るように分かった。
「……なんで?」
予想外の解答に思わず成谷は口が開いていた。
「あなたのしたことは許せない。感情に任せてしまいたいわ。でも」
マーチは成谷の目線から逃げるように俯いた。成谷の気持ちを理解してしまったからだった。彼と同じことを自分もしていた。
「私もあなたに同じことをしたんだと分かったから。だから、芯を殺したんでしょう?私にあなたを殺す資格なんてない」
ライントラフとベルヘイヤの戦いはライントラフの勝利で終わった。しかし成谷にも当然、信頼のおける仲間がいて、愛した人がいた。それら全てをマーチらは倒してしまった。もちろん、ライントラフにも被害は多くあった。戦いとはそういうもので、お互いにそれを理解して戦っているはずだった。それでも、今に繋がっているのはその結果であり、いわば芯が殺された原因はマーチにもあるのだと、分かってしまった。
「ごめんなさい」
マーチは成谷に向かって頭を下げた。彼女の中で整理がついたわけではない。成谷が憎くて仕方がなかった。それでも、拳を固く握り締め謝罪の言葉を出した。その気持ちも本当だった。
「なんで謝ってんだよ……」
成谷は手のひらで目を覆った。後悔の念が体中を渦巻き、全てが嘘であってほしいとさえ願った。復讐のはずだったのに、その刃はまた自分自身も切り刻んでしまっていた。
「すまなかった……」
言葉が漏れた。それは誰に対してのものだったのか、彼自身もよく分からなかった。マーチに対してか、倉図に対してか、彼の愛したサーネリアに対してか。
静かな夜だった。草木は揺れ、雲は流れ、白峰神社の境内からは綺麗な星や月がはっきりと見えていた。
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