3-2 繋がりの場所

 喫茶店を出る頃には十八時を少し超えていた。彼らは会話も少なめに須々ノ原高校へと向かった。部活も終わる時間帯で人は少ない事が予想できたが、それでも成谷について出来るだけ早く情報を集めたかった。


 その道中、砂田はスマホを操作し、ライントラフを検索する。当然ヒットする国はなく、マーチの言った事は嘘だったのだと確信に至った。それを突き付けすぐさま帰宅しても良かったが、砂田もまた成谷が気になっていた。


 本当に倉図を殺したのか。なぜ殺したのか。


 二十分程度も歩けば、四階建てのやや寂れた校舎が見えてきた。歴史がある高校なのか、綺麗な建物ではなかった。しかし、街の外れで大きく腰を据えるその校舎はどこか存在感が強いように思えた。


 校門から敷地内を覗くと、ぽつぽつではあるがまだ生徒はいるようだった。


「聞いてこい」

「砂田の方が制服なんだから自然でしょ」

「お前の問題だろうが」


 マーチは口をへの字に曲げ、あからさまに不満な表情を砂田に向けた。しかし、そんな事も意に介さず、砂田は顎で帰ろうとしている生徒を指す。諦めたようにため息を吐き、マーチはしぶしぶ校門から出ようとする男子生徒へと歩み寄った。


「すみません、聞きたいことがあるんですけど」


 そう言いながら、マーチは次々に須々ノ原高校の生徒に話しかける。運が良いことに、三人目にして成谷と同じクラスだという人物を捕まえることが出来た。しかし、どうやら成谷はここ最近は学校に姿を見せていないようだった。


「学校には来ていない。引き籠ってるのかしらね」


 成谷は顔が広かったのか、この時刻でも彼を知っている生徒数人に話を聞く事が出来た。どの生徒も成谷を心配している様子で、携帯に連絡を入れた人もいた。しかし、誰一人として成谷の声を聞けた人はおらず、今どこで何をしているかは不明だった。


「家の場所までは聞けなかったけど。事務所行って聞いてこようかしら」

「いや、部外者が行ってそう簡単に教えてくれないだろ。というより、家に行ってもどうせ会えない」

「どういうこと?」

「友達が連絡つかなかったんだろ?俺たちが行っても会えると思うか?」


 砂田は手元を口に当て、思考を巡らせていた。


「そもそも、犯行は昨日あったわけだろ。素直に家に帰っているかも疑わしい」

「それもそうね。でも、それならどこにいるの?」

「可能性としてあるのは、犯行現場付近。もう一つは……」


 可能性としての場所を上げているだけ。それなのに、砂田はどこか確信めいていた。


「白峰神社だな」

「そこって、芯がお話ししていたところでしょう?」

「そうだ。そこに成谷も聞きに行っていた」

「なんでそこに居ると思うの?」


 根拠は無かく、砂田の勘だった。だから、理由は後付けだった。しかし、そこしか無いように彼には思えた。


「倉図との思い出の場所だからな」


(倉図を殺した。その後に倉図との思い出の場所に籠るのは流石に皮肉が効きすぎている気もするが)


「どうする?現場に行くか、白峰神社か、今日はもう帰るか」


 マーチは最後の選択肢は聞こえなかったかのように、はっきりと答える。


「白峰神社ね」


 二人は再び歩いた。バスを使う手もあったが、神社近くにバス停が無かったこと、歩けない距離でも無いことから、自然とその手段は頭の中から消えていた。


「まあち」


 足を止めないまま、目線も前を向けたままで砂田は左隣を歩くマーチに問いかける。


「お前……成谷を探してどうするんだ?」


 マーチは倉図を探してここまで来た。それなのに、殺されていた。その敵を追いかけてどんな感情に支配されるのか、砂田には想像しかできなかった。


「そうね、とりあえず理由を聞くわ」


 砂田は思わずマーチの顔を覗き込んだ。その表情にはさほど怒りや憎しみは浮かんでいない様に見えた。


「案外、冷静なんだな。倉図を探しにきたんだろ?」

「感情の漏れはもう佐知に助けてもらったから。まあ、成谷を目の前にしたらどうなるか分からないけど、それでも出来る限りはね、クレバーに行かないと」


 砂田は口の端がニヤリと上がっている自分に気が付いた。感情をコントロールできる人間は嫌いじゃなかった。


「いい女だ」

「何?口説いてるの?」


 マーチの冗談交じりの言葉を、砂田は鼻で笑って答えた。




 白峰神社のある白峰山に近づくにつれ、道路は細くなり、車は一方通行の道へと入っていく。辺りはだんだんと静かになっていき、風によって揺れる木々の音の主張が強くなっていった。


 マーチは頭が良い。砂田は彼女を横目で見る。出会ってさほど時間も経っていないが、彼は既にそう判断していた。だからこそ、余計に不可解だった。


 倉図に国を救ってもらった。嘘にしか思えないそんな言葉を吐いたことに違和感があった。


(俺を騙そうとするのなら、いくらでも真実味のある別の嘘があったはずだ。それなのに、その言葉を選択した。それに倉図の言葉と一致しているのも偶然とは思えない。国という言葉に何か別の意味があるのか、それとも)


 マーチの中では真実なのか


 砂田は自分の頭をリセットするかのように、軽く首を振った。


(もし、そう『思っている』とする。言動の一致から、倉図もそう『思って』いた。二人して同じ物を真実だと思い込んでいるならば。つまり、集団幻覚。しかし、そんな事が有り得るのか?)


「ここを上がればいいのね?」


 気が付くと白峰神社へと続く階段がすでに目の前にそびえ立っていた。


「あ、ああ」


 確認を終えると、マーチは前を向き直し軽快に段差を上がっていく。その後ろ姿を見ながら、砂田もまた右膝を上げて階段へと足をかけた。


 白峰神社へ続く段数は割と多く、休憩を入れられるように途中でベンチが設置されている。しかし、砂田とマーチは若さのせいもあってか、そんなものには目もくれず、上へ上へと一定の速度を保って上り続けた。


 砂田は前を行くマーチのその先に頂上を捉えた。階段を抜けた先にはチラリと鳥居が見えており、その間には既に暗くなっている夜空が見えた。


「砂田、着くわよ」

「見たら分かる」


 上がりきるまであと少しという所でマーチは振り返った。砂田は彼女の姿を正面から見る。彼女は倉図と出会い、別れ、会いに来た。倉図はそんな労力を費やすほどの人だったのかと砂田は少し疑問に思った。


「マーチ」


 彼女は最上段に足をかけていた。


「お前……倉図とどのくらい一緒にいたんだ?」

「三年くらいかしらね。そんなことより、ほら先行くわよ」


 そう言うと、マーチは砂田の視界から消え、境内へと入っていってしまった。


 三年。五年前にマーチは倉図と出会い、三年間一緒にいて国を救い、別れ、二年の時を挟み、一ヵ月前にやってきた。


 そんな訳は無い。時間の感覚が明らかにおかしい事に砂田は気がついた。中学生の頃も倉図は何度も学校で見ていた。休んでいたなんてことは無かった。


(やはり、嘘)


 当然だと砂田は思った。嘘でなければ何だというのだ。ありえないことは、当然ありえない世界がここだ。


 砂田は大きく息を吸いこみ、そして吐いた。最後の一段を上がるために重い足を上げ、強く踏んだ。


 鳥居をくぐり短い参道を歩く。街灯は一本しかたっておらず、辺りは暗くひっそりとしていた。


「居なかったか」


 先に拝殿へと辿り着いていたマーチへと声をかける。周りに人は見当たらず、目の前に建つ小さな神社が物々しい雰囲気を出していた。


「いえ、音がしたわ」

「音?」


 マーチは砂田へと一切目をやることなく、賽銭箱の奥で閉まっているふすまを睨み付けていた。


 砂田も耳を澄ましてみたが、特に音は聞こえてこなかった。マーチの耳が良すぎるのか、相手が警戒しているのか、気のせいか。深く考えることもせず、とりあえず砂田は声を出すことにした。


「成谷!居るんだろ!」


 数秒間の沈黙が流れた。ジジジという街灯が辺りを照らす音だけが小さく響いてきた。


 ギシッ


 マーチが見つめていた先、奥で誰かが立ち上がる音を確かに聴いた。その音は一度で終わらず、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。ズズ……。滑りの悪くなっているふすまが開いた。


 目の前に現れたのは確かに成谷だった。しかし、頬はこけ、目は落ちくぼみ、生気が誰かに吸われてしまったかのように気配が希薄になっていた。

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