第三章
3-1 犯人の名前は
坂鳴高校は一日中、倉図芯の話で持ちきりだった。身近に死亡者が出たという非日常が突然に飛び込んできたのだから、仕方がないことだった。それに、犯人はまだ捕まっていない。警察官が校舎の中でもちらほらと見られた。
「砂田、黒崎、浜井、ちょっと来い」
帰りのホームルーム後、担任の樫月が三人に声をかけた。
「なんだよ」
「いいから」
これがいつもと変わらない日だったなら、彼らは従う事はなかった。しかし、なぜ呼ばれているかは三人ともすでに勘づいていた。
樫月に従い、彼らは空き教室に入った。
「どこでもいいから、まあ座れ」
三人ともが椅子を引き、机につく。どこでもいいと言われたものの、なんとなく一番前の真ん中を選んだのは、話し相手の樫月が教壇に立ったからだろう。
「一応聞くが、倉図に何かしたか?」
「はあ?」
黒崎はあからさまに不満の声を漏らした。それも当然で、樫月の問う声には疑いが含まれていた。
「お前ら、倉図を苛めていただろう」
三人を見下すかの様な目を樫月はしていた。まるでお前らが犯人だろうと言わんばかりの目だった。
「そうだったとして、お前が一回でも止めようとしたのか?!関わろうとしなかったくせによ!」
バンッと強く机を叩き黒崎は立ち上がる。教壇に立つ樫月を睨み付け、今にも飛び掛かりそうだった。
「黒崎、落ち着け」
静かに座っている砂田が声で制する。浜井はその様子を見ながら少し竦んでいた。
「ちっ」
彼の声で黒崎は冷静さを取り戻す。椅子に座り直し、不機嫌そうに足を組んだ。砂田は視線を樫月に移す。
「先生、これは何の時間ですか?俺たちが倉図を苛めていたかどうか確かめる場ですか?」
樫月はイラついた表情で砂田を見る。
「違うならいい。とにかく、警察がお前らに話しを聞きたいそうだ。倉図と一番近しかっただろう。ここで待っとけ」
彼はそう言い残し教室を後にした。樫月は三人が倉図を苛めていたことはどうでも良かった。ただ、その事実を知っていたからこの学校で疑うべきは彼らしかいなかった。
そのことを砂田は分かっていた。樫月はめんどうな事が嫌いだということ。苛めがあっても自分の迷惑にならなければどうでもいいこと。殺人という問題が起きたなら早々に犯人を上げて終わらせてしまいたいことを。
三人が待っている教室に警察官が二人入ってきた。樫月と違い二人とも柔らかな雰囲気を持ち、優しそうな笑顔をしていた。
「ごめんね、時間もらっちゃって。少し倉図君について聞きたいだけだから」
拘束時間は一時間程度のものだった。一人ずつ別の部屋に呼ばれ、様々な事を聞かれた。倉図はどういう子だったのか。親しい人はいたのか。恨みを持つような人はいたのか。そして、その時間帯は何をしていたか。
死亡推定時刻とされる時間、三人は街元通りのマクドナルドで話していた。場所としては近いが、監視カメラもあることから後で確認できると踏んだのだろう、警察の二人は一先ずは疑うことを止めたようだった。
彼らが解放されたのは午後五時半すぎだった。三人ともが少し疲れたような表情をしていた。
「お前ら、何話した?」
校門へと向かいながら、砂田は並列に歩く二人に質問をする。
「俺は大して喋ってねえわ。だるかったし」
「僕は聞かれたことには答えたよお」
「成谷のことは?」
「あぁ、話してないや。親しかった人ってこの学校以外でも良かったのかあ」
「そりゃそうだろ。外で事件起こってんだぞ」
浜井の解答に黒崎は思い切り笑った。それにつられるようにして浜井も笑ったが、砂田だけはその横で手を口に当て、考え事をしていた。
「何考えてんだ?砂田」
砂田の様子を尻目に捉え、黒崎は聞いた。
「誰が倉図を殺したんだろうな」
「誰だろうねえ。あいつ、そんなに知り合いいなさそうだけどお」
「そんなもん分かんねえだろ。何気に学校以外じゃ色々と関係つくってたんじゃねえか?」
黒崎と浜井はお互いにぽつぽつと言葉を投げ返していたが、内容はただの雑談に近く、真相を突き止めようとするものではなかった。
その中で砂田だけは黙って自分の中の思考を整理していた。
(倉図が殺されたのはあの廃墟。あの場所を知っていたのは俺たち三人と成谷くらいのものだろう。俺たちが犯人でない以上、成谷が殺したと考えるのが妥当。だが、なぜ?あいつは倉図と仲良くしていた。体を張るほどだ。それなのに、あの日唐突に殺したくなったとでもいうのか?そんな事があるか?
それよりも……、全て計画だったことの方がしっくりくる。しかし、なんでそんなことを?)
彼らが校門までたどり着くと、一人の女性が立っていた。彼女は三人を目にとめると、すぐに近寄ってくる。黒崎と浜井は何の気にも留めていないようだったが、砂田は彼女を覚えていた。
「君たち」
「ん?」
声をかけられて黒崎は足を止め彼女を見た。整った顔立ちに、大きな目、長い黒髪が風に揺られていた。どこかで見たような覚えはあったが、まだ思い出せないでいた。
「あ、コンビニの人だあ」
浜井はハッとした顔で声を出した。それに思い起こされ、黒崎の記憶も蘇る。コンビニで倉図の名前を聞いてきた人だったと確信する。
「お姉さん、なんの用?」
「ちょっと芯について話を聞きたいんだけど」
「はあ、お前もそれかよ。帰ろうぜ」
黒崎は呆れた顔で彼女の横を素通りしていく。浜井も話す気はないようでそれに続いた。しかし、砂田だけは彼女の前で止まったままだった。
「お前ら、先に帰っといていいぞ」
その声に驚いた様子で黒崎は振り返った。
「まじで?どうした砂田」
「こいつに興味がある」
砂田が目の前の彼女を指さして言った。
「めずらしいなあ」
浜井は驚いた表情になる。砂田が女性に興味を持つなんてことは今まで無かったため当然の反応でもあった。ましてや、ほぼ初対面の相手で名前も知らない人である。なぜか浜井はほんの少しだけ嬉しくなった。
「ふーん。まあ、いいや。俺は興味ないから帰るぞ。浜井はどうする?」
「僕も興味ないなあ」
「じゃ砂田また明日な」
そういうと黒崎らはすぐに背中を向け、帰って行ってしまった。校門前には二人だけが残された。
「悪いわね」
「別にいい」
彼らはどこか話せる場所を探した。街元通りに向かおうとしたが、人が多い事が分かっていたのでやめた。反対方向に少し歩くと寂れた喫茶店があった。
「ここで良いわね?」
砂田は特に断る理由もなく、彼女に従って店に入った。カウンターが四つに、四人掛けのテーブル席が二つだけの小さな店だった。客は誰一人おらず、マスターと思われる、エプロンをした年配の男性が奥でコップを拭いていた。
「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」
低く通る声が響いた。彼の声に従い一番奥のテーブル席へと二人は腰を下ろす。彼らはマスターにそれぞれ飲み物を注文した。
「お待たせしました」
砂田の前にコーヒー、彼女の前にオレンジジュースが置かれる。注文してから五分ほど経過していたが、未だ彼らの間に会話はなかった。彼女は目の前の飲み物で喉を潤し、一息置いてから聞いた。
「君、名前は?」
「砂田だ。お前は?」
「まあちよ」
「それで、まあち。何の用だ?」
コーヒーに入っている氷の音が心地よく響く。ジャズの軽快なリズムがBGMとして店内に流れていた。
「芯について知りたいの」
「あいつの何について知りたいんだ?」
「誰に、どうして殺されたのか」
マーチは真剣な目で砂田に言った。そこに迷いや不安はなく、力強さがあった。
「俺は知らない」
砂田は正直に言った。当然、彼は犯人ではない。芯を殺すほどの動機も無かった。
「でも、芯の知り合いでしょう?なんでもいいの。仲が良かった人とか、最近はどこで何をしていたかとか、教えて欲しいの」
「その前に、お前は倉図とどういう関係だ?」
マーチは少し言い淀んだが、砂田の目を見て答えた。
「……友達よ。大切な」
「年齢が違うように見えるが」
「別に年齢が違っていてもいいでしょう?」
「よくないな」
砂田は腕を組み、不満の色を隠さなかった。倉図に友達がいないと知っているからこそ、マーチの証言に疑問を抱かないはずはない。
「いいか、今から嘘は無しだ。時間の無駄だからな。嘘を言えば、俺はもうお前には何も話さない」
砂田は暗に、自分は情報を提供する側だとマーチに突きつけた。そうすることで、無意識化での上下関係を作り出し、彼女から情報を頂く算段だった。砂田もまたこの事件については当然何も知らない。だから知りたかった。しかし、それは倉図のことを思っている訳ではない。単に彼の好奇心だった。ただただ何もない日常に入り込んだ非日常を砂田は面白く感じていた。
「お前は倉図の何だ」
砂田は再び質問を投げた。マーチは目を閉じ悩んだ様子を見せたが、意を決したのか砂田を見据えた。
「芯は命の恩人よ」
正直な答えだった。倉図が居なかったら、ライントラフはきっとベルヘイヤに負けていた。今この世界にマーチが来ることも無かった。
「いつの話だ?」
「二年ほど前かしらね」
「何があった?」
その質問には言葉が詰まった。正直に全てを話しても砂田が信じなければ意味が無い。だからと言って、適当な嘘は通じそうにない。
「私の住んでいる国を救ってもらったの」
「国だと?」
「信じられないのも分かるけど、本当の話。だから、芯にお礼を言いに来たの」
何を言っているんだ?それが砂田の頭に浮かんだ言葉だった。しかし、それはすぐに思い直さざるを得なかった。倉図の言った事を思い出したからだった。
『国を救ったことすら無いくせに』
クラス中が笑ってしまった言葉だった。それが当然の反応だった。そのはずだったのに、今砂田の目の前には同じことを言う女性が居た。
「お前の国っていうのはどこの事を言っているんだ?日本じゃないんだろう?」
「違うわ。ライントラフって国」
「聞いたことないな」
「小さいからね」
「日本語がスムーズなのは?」
「覚えたの」
砂田は大きくため息を吐いた。内容に関しては嘘にしか思えなかった。常識的に考えて、高校生が救える国は存在しない。しかし、マーチの持つ大きな目は力強く、誰かを騙そうとする意志は感じられなかった。
(多少の嘘も混ぜつつ話しているんだろう)
砂田は一度コーヒーに口をつけた。苦さと少しの酸味が口内を満たした。
「芯はどんな人だった?」
少しだけ空いた間に次はマーチが質問をした。砂田が冷静になって、馬鹿々々しい嘘だと決めつける前になんとか話しを聞こうとした。
「どんな?」
「ほら、友達が多かったとか人気者だったとか」
マーチは明るい声で質問をした。自分の事ではないのに、どこか楽しそうだった。
「あいつはいつも一人だった」
「えっ」
予想と違う答えが返ってきたのか、マーチは口を開けポカンと砂田をみた。
「あぁ、いや最近は子供相手に話しはしてたみたいだな」
「子供?」
「空想の物語を語っていたらしい」
その話の内容を砂田は聞いた事がない。それでも、今になってある一つの仮説が浮かんだ。目の前にいるマーチを見る。芯は国を救った。それを話していた?
「らしいってことは、砂田は聞いたことがないの?」
「ない。興味なかったしな」
そういって少し悔やんだ。あのとき砂田が興味が無かったのは事実だったが、今となっては別だった。
「それよりもまあち。お前はなんで倉図の近況を知らないんだ?」
「一ヵ月前くらいにこの町に来たばかりだからよ」
「一か月前?それなのに倉図と会ってないのか」
「どこに居るか知らなかったからね」
マーチの声色は沈んでいた。この一ヵ月間も芯を見つけられず、それが現状に繋がっているのかと思うと後悔の念が生まれ始めた。
「お前が倉図を探しに来て会えないまま、一ヵ月でこの事件か?」
「……何が言いたいの」
マーチは砂田を睨み付ける。彼の目は深い黒色で、マーチを疑っているのがありありと分かった。
「犯人はお前じゃないのか」
「ふざけないで!!!」
マーチは強く手のひらをテーブルに叩きつけた。静かな喫茶店の中に大きな鈍い音が響き渡る。カウンターの裏側で座っていたマスターが驚いた様子で視線を向けてきたのが二人にも分かった。
「そんなわけないでしょう」
落ち着いた口調に戻ったものの、そこには強い怒りの感情が込められていた。
「そうか、悪かった」
砂田は素直に謝罪の言葉を漏らした。か細い手がかりで探し回っているマーチを本気で疑っている訳ではなかったが、可能性が無いとも思っていなかった。しかし、この反応で容疑者からは外すことにした。
「それで。芯の友達はあなた達しかいないのね」
「いや、俺たちは友達じゃない」
「違うの?」
「違う。あいつの友達と言えば、成谷くらいだろう」
砂田の目線は宙を漂った。成谷だけが倉図の唯一の友達だったはずだ。成谷からも倉図を友達だと思っているように見えた。しかし、砂田の中での容疑者は成谷しかいなくなっていた。
「成谷……?同級生……?」
マーチはひどく慎重な面持ちで言葉を吐いた。まるで次の一言が何かを決定づけるかのような雰囲気をしていた。
「同級生だが、学校は違う」
「それはつまり……制服も砂田が着ているものとは違うのよね」
「そうだ。それがどうかしたか……?」
マーチは強く手を握り締めた。目は大きく開かれ、何かを確信したかのように強く、小さく言葉を発する。
「じゃあ、きっと、そいつが……。成谷……」
「まあち、お前……。犯人を見たのか?」
砂田は目の前に座るマーチの目を覗き込んだ。瞳の奥には憎しみが滾っているかのように、彼には見えた。
「年齢は同じくらいに見えたわ。でも、制服は一緒じゃなかった」
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