5-2 呪文の組み合わせ
マーチは地面に複雑な魔法陣を書き上げた。その中央に源素瓶を置く。
「これで準備いいわ」
「そうか。じゃ、早速始めてくれ」
成谷の声に、彼女は深く頷く。ルルとクニックは心配そうにじっと見つめていた。
「
マーチの抱えていた本の一冊が声に呼応するように光りだした。彼女は杖で移動部位を示す。杖から伸びた光は、マーチの頭と成谷の頭に繋がった。不思議な感覚だった。頭の中がすっきりしていくような気持ちよさと同時に、思い出せそうで思い出せないあの不安定な気分の瞬間が、ずっと続いた。
その光はそれぞれ玉のように丸くなり、陣に置いてある源素瓶の中に入り込んだ。
『仮にそうだったとして、どうするんだよ。死体は無いんだぞ』
『一段階目は
「二段階目に移るわ」
マーチは抱えていた本を一冊横に放り投げた。部分移動(テルレポート)はもう必要ない。
『次は、
杖を源素瓶に向ける。本が行動に反応し、弱く光り始める。
「
源素瓶の周りに円形の赤く光る壁が出現した。
『次が最後、
マーチは深呼吸した。心臓の音がうるさいくらいに大きく聞こえた。意識を自分の中心へ集めていく。緊張を閉じ込める。
「三段階目」
クニックは落ち着いた様子で彼女の挙動を見つめていた。ルルは目を固く瞑り、手を合わせて祈っている。成谷は座り込んだまま、背中を木に預けて目を静かに閉じていた。
(大丈夫。ここまで、来たんだ。やり直すんだ)
「
地に描かれた魔法陣全体が強く発光した。それは渦を巻きながら中心へと飛び込んだかと思うと、
全てが白一色。自分が目を開けているのか、閉じているのかさえ分からなかった。音もしない。体の感覚も無い。視界も無い。
無とはこういう事を言うのではないかとマーチは思った。
どのくらいの時間が経過したのかもよく分からなかった。ただ、次第に白色が揺らめいているような気がした。平衡感覚が狂っているかのような気持ち悪さが襲う。しかし、今はただ耐えるしかなかった。
考える力が次第に弱まっていった。川面に身を任せているような、自分の意思がそこには無いような感覚。しかし、それは少しの間だけだった。徐々に、思考が戻りだす。今さっきまで自分が何をしていたのかを思い出した。
揺らいでいる白の中に、色が足されていった。平衡感覚は元に戻り始め、自分の体があることが分かった。
視界が開けた。
「マーチ?どうしたの、大丈夫?」
聞き間違えかと思う声色だった。どれだけ、その声を望んだか。手をゆっくり伸ばし、彼の頬に触れた。
「マーチ……?」
確かに、そこに芯は居た。自然と涙が零れるのをマーチは止められなかった。
「うんっ……。だいじょうっ……ぶ……」
嗚咽が混じり、言葉を上手く話せなかった。嬉しくて堪らなかった。
「マーチ」
少し離れた場所から、別の声がした。涙を拭いながら、その方向に目を向けると、メイングオラいた。そして、その横にはサーネリアがまだ生きて立っている。
「戦いはもう終わりにしよう」
「ええ、そうね」
メイングオラの言葉から、彼もまた記憶をこの時間に持ってくることに成功したのだと分かった。
「メイングオラ様!?何を言っているのですか!?」
サーネリアは隣のメイングオラに噛みつくように声を荒げた。しかし、彼はそんな彼女を抱きしめ、無理矢理に黙らせる。
「もういい。こんな馬鹿な事は止める。戦いなんかよりも俺は、お前たちが遥かに大事だ」
サーネリアは未だ不思議そうな顔をメイングオラに向けた。しかし、彼の優しい表情を見て、言葉を発することは出来なかった。彼女はメイングオラに抱かれたまま、ただ、分かりました。と一言だけ言った。
「芯、帰ろう」
マーチは芯の手を握り、無理矢理に引っ張った。芯は状況を全く理解できていなかったが、それでも彼女が嬉しそうだったから、特に文句は無かった。
芯にとって、彼女が笑えば自分も笑えた。彼女が笑顔でいるための判断が、敵と戦わないことならば、自分もそうしたかったから。
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