4-5 圧倒的強者
「吹きすさべ、入れ替われ景色、
マスロワを中心に、風が爆発したかのような凄まじい勢いの音がした。成谷は黒の手ごと、吹き飛ばされる。手で隠れていたマスロワが追い打ちをかけるように、呪文を唱え始めた。
「炎天なる空、凝縮する源酸、焼き払われたる眼前、
大剣の切っ先が成谷に向けられる。周りの空気が凝縮していき、景色が乱れ、真っ赤に燃える炎がレーザー光かのように発射された。
崩れている態勢の中、成谷は何とか左手を前に出す。黒の手が成谷への射線を切り、盾となった。
「ぐうっ……!!」
炎圧と焼かれるほどの熱量が成谷を襲う。直撃はしていないものの、威力は凄まじく体の節々が焼かれ、皮が燻る。歯を強く食いしばり、痛みを無理矢理に抑え込んだ。
「化け物がっ……」
全ての攻撃がいなされる。そして代わりに反撃を貰ってしまう。成谷が攻撃を仕掛けるたびに、彼のダメージが増えてしまっていた。何をしても、どうあがいてもマスロワに決定打を与えられる気がしなかった。
しかしそれでも、諦める気もなかった。
「速、早、脚、肉、脈、動、
マスロワの目前から成谷が消えた。いや、正確には消えたのではない。目で追えないほどのスピードで移動していた。
マスロワが立つ周りの瓦礫や、壁、あらゆる所から音が鳴り、壊れる。それは成谷が瞬間的にあらゆる方向へと移動した時の着地音だった。
(このスピードでもどうせお前は捉えてくるんだろ)
成谷はスピードを上げながらも、マスロワを視界に入れていた。彼は成谷を目で追う事もせず、ただただ中心で仁王立ちをしている。しかし、そこに隙は無いように見えた。
マスロワの背後の壁へと着地した。成谷の左黒手を変形させ、鋭い槍のように伸ばす。両ひざの筋肉を強く収縮し、バネのように瞬間的に爆発させた。景色が吹き飛んだかと錯覚するような速さだった。
ドッッッッッッッ!!!!!
動いていた風景が止まった。成谷の左手はいなされるわけでもなく、正面から大剣で受け止められていた。衝撃波が接触部から弧を描くように流れていく。周りに落ちている瓦礫が彼らから逃げるように弾け飛んだ。
「
マスロワの足元から、成谷の黒手よりもさらに巨大な手がせり出してくる。
「なっ……!」
ここに来て初めてマスロワは驚きの表情を露わにする。巨大な手に飲まれる直前、辺りに目を回してやっと、成谷の行動の意味を理解した。彼はマスロワを撹乱させるためだけに飛び回っていたわけではなかった。
マスロワの周りで着地した幾つかの場所に、明確な傷を付けていた。それを繋げると六芒星の形を作り、それは魔法の威力を増幅させる術式でもあった。
地から出現した黒手はマスロワを拳の中に閉じ込め、再び地中へと戻っていく。
「死んでくれ」
成谷は左手を自分の前に出し、何かを握りつぶすように、小指から順番に強く手の平の中に収めていく。
「
地中でも同じ動きが起こっているのだろう、地響きが起こり始める。揺れ動く地面に勝利を確信しかけた時だった。
「動かない……?そんな……バカな」
成谷の意志とは反対に、握りしめた左手は徐々に開き始めた。必死に抑え込もうとするものの、強大な力に抗う事は出来なかった。
「
眩いほどの光の玉がいくつも地中から飛び出し、空中で浮遊した。遅れるようにして、マスロワが光の円に包まれながら姿を露わにする。
「この実力……。お前もしや、カルースト・メイングオラか?」
マスロワは口の端から零れた血を右手で拭った。服は何か所か擦り切れ、所々血も流れていた。無言のままの成谷を肯定と捉えたのか、マスロワは大きく笑った。
「クハハハッ。嬉しいぞ。まさか相まみえる事が出来ようとは。さあ、最強と謳われたカルーストの力を見せてくれよ」
多数の光の弾は、マスロワの持つ大剣のように形を変えた。それらの切っ先は全て成谷へと向けられ、次々に発射される。
成谷は縦横無尽に駆けながらも、マスロワを視界に入れていた。しかし、終わらせるつもりだった大技でも立ち上がってくる相手に、次の術は思いついていなかった。
(くそがっ!とりあえずは、なんとか避けるしかねえ!)
光剣の軌道を読みながら、隙間を走り抜け続ける。しかし、そんなギリギリの回避を続けられるほど、簡単な相手ではなかった。
「共鳴しろ、揺れろ、
地面が、壁が揺れる。たったそれだけの平衡感覚の支障が、現状において効果的だった。成谷の右ふくらはぎに一本の光剣が掠った。踏み込む力が弱くなり、次の一歩が小さくなる。そうなれば、均衡が崩れるのは当然だった。
成谷を追うようにして着弾していた光剣は、いまや一点に向かって全て放たれる。土煙が上がり、成谷が見えなくなっても追い打ちをかけるようにして、光剣は何本も発射された。近くの壁にも多くのヒビが入り、裂け、崩れた。轟音が鳴り響いたところで、マスロワの攻撃も終焉を迎える。
「どうした?こんなものか?」
マスロワの声に反応するものはいなかった。煙は次第に薄くなっていき、瓦礫の山が姿を現す。血が四方八方に飛び散っていた。この空間にはマスロワと成谷しかいない以上、それは確実に成谷が流した物でしか有り得なかった。
マスロワが歩く足音だけが響いた。瓦礫の山の上には生気を失ったかのような、血だらけの左腕だけが見えていた。
「つまらん。所詮は噂だったということか」
彼はため息を一つつきながら、埋まっている左腕を掴み、引き上げた。マスロワはこれ以上ないほどの驚きとともに、目を見張った。目の前の光景が信じられず、時が止まったかのように感じた。
引っ張り出した左腕の先に、成谷の胴体は付いていなかった。
「つまらなくて結構。これで終わりだ」
背後から成谷の声がした。しかし、マスロワは振り向くことが出来なかった。全身に響き渡る痛みは生命を脅かしていることを警告していた。下に視線を落とすと、自分の腹から黒手が飛び出ているのが見えた。
自然と口から血が排出される。息をすることすらままならない。全身から次第に力が抜けていき、膝が地面に付いた。
「左手を捨てたのか……」
マスロワはうつ伏せに倒れた。あふれ出す血は止まらず、あっと言う間に血だまりを作り出す。量が増えるほど色は濃くなっていき、赤というより黒に近い色へと変貌していった。
成谷は残った右手の黒手を解除した。左手側は切り離した時に自動的に消えてしまっていた。魔法で止血と神経麻痺をさせたものの、左肩より先が無いのはやはり違和感があった。
「さっさと回収して治療しねえと……」
息を荒げながら、マスロワへ背を向けた。部屋の中には荘厳な一つの扉があった。その先に
ふらつく足元をなんとか制御し歩いた。目の前にあるはずのその扉が妙に遠く、たどり着く前に倒れてしまいそうだった。倒れてしまいたかった。それほどに疲弊していた。
だから、絶望するのも仕方がなかった。頭の中を反響したのは、そんなバカな、という思いだけ。
「前言撤回だ。素晴らしい相手だった。しかし、勝つのは私だ」
声がした。先ほどまで聞いていた声。この空間に成谷とマスロワしかいない以上、それは確実にマスロワが出した声でしか有り得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます