4-9 最終局面
マスロワの周りに居た成谷、飛び回っていたクニックも全部砂に代わり、誰一人いなくなった。
攻撃が終わった直後。大剣を振り切り、体が開き切った状態。相手の居場所が認知できていない瞬間だった。
振りほどいた筈の黒手が再び動き出した。そこはマスロワの意識の外だった。簡単に蹴散らせた黒手だったために、偽物と判断し、そこに狙いが落ちているとは思わなかった。
成谷は地面の下から飛び出し、マスロワに襲い掛かる。黒手の五本の指は刃の様に鋭くとがっていた。
マスロワのわき腹が抉れた。血が噴き出す。しかし、彼はそれを何一つ気にする様子を見せず、成谷の右腕を掴んだ。
マスロワはまるでゴミでも放るかのように、成谷を壁に叩きつける。内臓が振動で揺れ、骨にもヒビが入った。痛みに一瞬体が硬直する。その間に、大剣が迫る。
「私を忘れていませんか?」
クニックもまた遅れるように地面から浮かび上がる。両手には刃渡り二十センチほどのナイフが一本ずつ握られていた。
マスロワの足に痛みが走るとともに力が抜け、右膝を地についてしまっていた。確認すると、右足の腱が切られていた。
「貴様っ……!!」
「休んでいる暇はありませんよ」
クニックはマスロワへと右手を向けた。それが合図だった。先ほどまでずっと投げ続け、そこら中に散らばっていたナイフが全て一斉にマスロワに向けて動き出した。
数百本ものナイフが四方八方、隙間なく襲う。大剣で全てを薙ぎ払うことは到底不可能に見えた。
「
マスロワの周囲の飛んでいたナイフは次々に地面に叩きつけられる。
「
成谷の声がマスロワに届いた。しかし、彼の前から成谷は既に姿を消していた。声が聞こえた方向は、遥か真上。
成谷の黒手の大きさが増大していた。その中に多大なエネルギーが詰められているのが見ただけで分かった。
「今度こそ終わりだ」
黒手から放たれた波動は一直線にマスロワに向かう。先ほど彼がナイフを処理した魔法は周囲の重力を増加させるものだった。それはこの波動にすら影響を与える。しかし、成谷がいたのは上空。マスロワの魔法すらも、今は成谷に味方した。
凄まじい轟音とともに、あたりが土煙でみえなくなる。
煙が揺れた様にクニックは見えた。その次の瞬間、大剣が彼を貫いた。
気づきが遅れ、回避できなかった理由としては二点。大剣は保護色化され、視覚的に捉える難易度が上がっていた事。そして、武器である大剣を離さないという先入観が合った事。
クニックは血反吐を吐き、片膝をついてしまう。前を向くと、舞っていた土煙は次第に衰え、マスロワは成谷に向かっていた。
黒手で自分を守るようにしてマスロワに向けた。しかし、マスロワはそんなことを物ともしなかった。左手で無理矢理に黒手を払う。ただの筋力による、抗えないほどの力により、懐に入り込まれる。
左足が成谷の右わきを直撃した。骨が何本か折れるのが分かった。成谷は吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
痛みに顔が歪み、呼吸するのさえ苦労した。膝に手を突き、なんとか立ち上がり、マスロワを見る。
成谷の魔法を避けきれなかったのだろう、彼の右半身は黒く燻り、腕や足は干からびた様に細くなっていた。あらゆる策を築き、形勢は確かに成谷とクニックにあったはずだった。ダメージを少しずつでも蓄積させ、今や半身を稼働不能まで追い詰めた。
それでも、押しきれなかった。マスロワは空中で静止したまま、成谷とクニックを見下ろす。今や形勢は五分五分。
「貴様らの足掻きには驚いた。しかし、それももう終わりにしよう」
マスロワが手をこまねくと、壁に刺さっていた大剣は動き出し、彼の手へ戻る。
「
マスロワの大剣が消えた。周囲の空気歪み始める。マスロワの前に巨大な揺らぎが現れ、物が形成されていく。それは剣だった。しかし、大剣というには値しない。それほどに巨大だった。
「あれは流石にマズイですね」
「ああ」
彼らの目の前には、禍々しい程の力が込められた剣が見えた。見えたといっても全体像は把握できず、突き付けられている切っ先が驚異的な威圧感を与えてくる。
マスロワは自分の左半身を見た。もう機能しなくなったその弱弱しい腕や足がそこにはあった。小さく苦笑し、二人を睨み付ける。
動く右手を前にかざし、振り下ろした。
「
クニックの前に巨大な魔法陣が現れた。それは剣にまとわりつくと、網のように全体にいきわたる。動き出した剣の動きが止まった。
前に突き出しているクニックの両腕から血が流れ始める。
「あまり……、持ちませんよ……」
成谷は呪文の詠唱を始めていた。眉間に皺を寄せ、意識を集中する。クニックの様子など気に掛ける余裕は無かった。痛みを頭のなかから無理矢理追いやっても、肉体は悲鳴を上げ続け、息は上がっていく。
「ぐっ……、うぅ」
限界だった。クニックもまた、腹に大きな傷口を持ち、血が、体力が、意識が、体の外へ流れ続けていた。
彼の両腕の骨はもう折れていた。それでも、無理矢理に魔法を維持し続ける。ただ、それもそう長くは持たなかった。
ガラスが割れたかのように、剣を抑えていた魔法陣が砕け散った。それと同時に、クニックはその場でうつ伏せに倒れた。再びマスロワの剣は動き出し、彼らに襲い掛かる。しかし、ギリギリのところで間に合った。成谷の声が響く。
「
見た目はさほど今までの黒手と遜色はない。しかし、剣の切っ先がその手触れた瞬間にマスロワには伝わった。
成谷は下半身を落とし、つま先で強く地面を掴んだ。黒手で剣の切っ先を抑える。歯を食いしばり、自分の全てを吐き出すかの如く、意識と力を集中する。
黒手から剣に色が移っていくかのように、綺麗な白が徐々に侵食されていく。
「うらああああああああ!!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!」
成谷とマスロワは叫んだ。この攻撃で全ての決着がつくことは分かっていた。
時が止まったかのように、部屋の空間は静まり返った。成谷は体の全てのエネルギーを使い果たしたかのように、その場で倒れた。
「……見事だ」
巨大な剣は今や全て黒に染められていた。ばらばらとサビが落ちるように、それは崩壊を始めた。そしてマスロワの左手もまた黒に変色していた。徐々に色の浸食が進んでいく。
マスロワもまた先ほどの魔法に全力を尽くしていたため、侵食を止める魔法は使えなかった。諦めたように小さく笑い、彼は地上に降りた。そして、黒は彼の全身を取り囲んだ。
成谷は首だけを動かし、クニックを見た。
「生きてるか?」
「ええ、なんとか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます