2-12 side ファルシルアン・マーチ 落ちてきた手がかり

「公共料金のお支払いですね。では二千三百円になります」


 マーチは慣れた手つきでお金を受け取り、お釣りを返す。領収書にハンコを押し、相手に渡した。


「ありがとうございました」


 コンビニでの仕事もほとんどこなせるようになってきた。レジはもちろん、店内清掃、宅配から受け取りまで、他の店員に尋ねる必要もなくなっていた。


 仕事に慣れると余裕が出てくる。作業に手を抜くことはしなかったが、頭の隅ではどうやって見つけ出そうかといつも知恵を絞りだしていた。しかし、そんな努力もむなしく、画期的な方法など皆目見当がつかないままだった。


「いらっしゃいませー」


 自動ドアのチャイムが鳴ると、反射的に言葉が飛び出す。入ってきたのは前にも見た高校生三人組だった。しかし、いつもと様子が違った。所々顔が腫れ、怪我をしているようだった。


(喧嘩でもしたのかしら)


 別段大して興味は無かったが、特に忙しくない時間だったこともあって、マーチは目の端で彼らを追っていた。何事か話しながらドリンクコーナーでそれぞれ飲み物を選んでいた。時折見せる笑顔は何故か気持ちのよさそうなものに見えた。


 レジ裏で煙草や袋の整理をしていると、彼ら三人がマーチの元へ商品を持ってきた。バーコードで次々に値段を読み取る。その間も三人は会話をしていた。


「しっかし、いてえー。思った以上にやってくれたな、あいつら」

「そうだな」

「ははっ。砂田は大してくらってないだろ」


 文句を言っている彼らの顔は意外にも清々しく見えた。前に悪口を言っていた時の事を未だにマーチは覚えていたが、その時と同じ人とは思えないほど印象が違っていた。


「四百六十円です」

「てか、浜井も参加しろよなぁ」


 一人の男子が財布から小銭を出しながら、後ろの小太りの男子に声をかけた。


「でも、力には自信ないんだよお」

「お前、相手が抵抗しない時だけ参加してくるじゃねえか」

「僕はそういう生き方なんだよお」

「ははっ。そういう開き直ってる感じがお前の良いとこだよな。でもこれからは倉図への対応変わっちまうぜ?」

「その時はその時でいいよお」


 彼らは小銭をレジに置いた。値段ぴったりの金額が置かれ、お釣りは無い。レシートも必要としていないのだろう、三人は出口へと足を向けた。


「ちょっとまって」


 仕事中ということを忘れていたわけではない。それでも、彼の名前を聞いてしまったから、声が漏れた。


「倉図って言ったわよね。下の名前……分かる?」


 三人は足を止め、マーチを見た。唐突な質問に戸惑ったのだろう、一瞬の間が空いた。


「芯だよ」


 ぽつりと砂田が返答する。それだけ言うと、すぐに前を向きなおしコンビニから外に出ていった。


「倉図……芯……?」


 どういうこと?


(彼らは高校生のシンボルである制服を着ていた。それに喧嘩をしたような話ぶりだった。それなら芯は彼らと同級生の可能性が高い。ならば、年齢は十六から十八歳。そんな馬鹿な。芯は魔法世界に来た時に私と同い年だった。今は二十二歳でないとおかしい。それがなぜ?同姓同名の別人?)


 頭の中で疑問が回り続ける。しかし、いくら反芻したところで答えなど出ることはなかった。なんとかバイトの時間を終え、私服に着替える。美里からあの制服は坂鳴高校だと聞き、真っ直ぐに向かった。


 高校に着いたものの、人は閑散としていた。時刻は既に五時半を回っていたから当然だった。


「あの、人を探しているんですが」


 マーチは事務所にいた近くの男に声をかけた。かなり歳がいっているようで気難しそうな人に見えた。


「あなたはどちら様ですか?」

「えっと、倉図芯の知り合いなんですけど」


 男は疑いの目をマーチに向ける。


「知り合いならば、わざわざ学校まで聞きに来る必要はないのでは?それに今は放課後ですから、部活に入っていなければもう帰宅していますよ」


「あー、えっと、その……」


 勢いで来てしまったために、疑われることなんて考えていなかった。返答は喉から出てくることはなく、あからさまに不審者のような挙動でその場から去っていくしかなかった。


「大学があまりにもスムーズに行き過ぎたわね。冷静に冷静に。焦ることはないんだから」


 マーチはぶつぶつと独り言を言いながら帰路についた。


(高校生の倉図芯が何者なのか未だに検討がつかない。同姓同名の赤の他人という線もあり得る。もしくは、芯の親族関係?でも同じ名前を付けるもの?それか、本人の可能性もあるのかしら。でも芯は魔法世界で約三年過ごした。その後、この世界に戻って約二年で私が来た。向こうとこちらで時間の進みが違っていたとしても、最低で差は二年のはず。高校に通っているはずはないのだけれど……)


 考えているだけで答えには辿り着くはずもなく、ひとまず彼を確認しなければ話にならない。マーチは頭を切り替え、ひとまずの疑問は隅に追いやることにした。


 その日からもう一週間が経とうとしていた。毎日バイトが終わるとすぐに高校に向かったが、どれだけ急いでも到着するのは十七時十分。当然、下校時刻になっていた。そうなると、倉図芯がまだ学校にいる可能性は低く、何度か十九時まで粘ってみたもののそれらしい人物を見つけることはできなかった。

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