2-11 side ファルシルアン・マーチ 探し始めるものの

 この世界の情報網も多少なりとも知った。インターネットという電子信号のやり取りで世界のあらゆる事象を共有している。それならば、使わない手はない。


 マーチは四方をつい立てに囲まれた狭苦しい場所に座り、目の前のキーボードに入力する。


「倉図芯っと」


 画面に検索結果が表示されるが、どれも図形解説のページばかりで、マーチが求める人物はヒットしなかった。


「くそー。でも当然かあ。こんな安易な情報共有場に個人情報なんて上がらないわよね」


 両の手を頭の後ろで組み、天井を仰ぎ見た。無機質なコンクリートが剥き出したままで、簡素な造りをしていた。経費削減というやつだろうか。マーチはもう一度頭を起こし、画面を見つめる。


「直接的な情報は駄目。それなら……」


 検索結果に表れたのは周辺地図。近隣の大学をピックアップし、横のメモ用紙に書き写す。自転車程度で行ける距離となれば、佐沼大学、川神大学の二つだけだった。続いて会社もメモしようとしたが、こちらはあまりにも数が多すぎた。


「働いているなら、さすがにもう少し絞れないと無理ね……。おっと、もうこんな時間」


 マーチは時計を確認し、慌てて小部屋を出る。すぐにカウンターに向かい、延長料金はかからなかったことに胸を撫でおろした。


 外に出ると、太陽の日差しが降りかかってきた。薄暗い場所にいたからか、余計に眩しく感じマーチは目を細める。時刻は十四時すぎ。土曜日だったために、アルバイトのシフトも入っておらず、今日は芯の探索に努めようと決めていた。


 最寄りの駅に歩を進め、切符を買った。電車に乗り、次々に流れていく景色に目を向けていると、目的の駅に辿り着くのはあっという間だった。改札を通り、再び歩く。五分もすれば、目の前に大きく綺麗な建物が現れた。


「ここが沼川大学ね」


 校門脇に書いてある名前を確認し、小さく頷いた。休日のためであろう、構内に人はほとんど見られなかった。歩道脇に植えられた、背の高い木々が奏でる優しい音の中心を歩き、マーチは心地の良い感覚に捕らわれる。


 探していた建物は突き当りの左手に現れた。一階建てで周りに建つ建物よりかなり小さかったが、同じように綺麗で、どこか厳かな雰囲気を持っているように感じられた。


 マーチは少し緊張したが、一度深呼吸をして堂々と入口から中に一歩踏み入れた。左手すぐに総合事務と書かれたプレートが置かれたカウンターを見つけ、歩み寄る。


「すみません」

「はい、どうされましたか」


 受付の女性はパソコンから目線をマーチへと移した。


「あの、この大学に倉図芯って人いませんか?」

「クラズシン……ですか。何年生のどこの学部の方ですか?」

「二十二歳で学部は……分からないです」

「四年生ね」


 女性は再びパソコンへ目線を戻し、情報を打ち込み検索をかけた。


「うーん。在籍していないようですけど……。あなたはどういった関係で?」

「えっと、その、友達です」

「友達なら電話か何かで連絡を取られてみては?」


 女性のマーチに対する目線はやや不信なものへと変わっていく。


「そ、そうですね。すみません、そうしてみます」


 逃げるようにして、マーチは足早にその場を離れる。元来た道を同じようにして歩いた。


「居ないかー。川神大学に賭けるしかないわね」


 少しだけ落胆はしたものの、そうそう上手くいくとも思っていなかった。そもそも、いきなり現れた人物に学内の情報を提供してくれるかどうかも怪しいものだと思っていた。だから、佐沼大学に居ないという事が分かっただけでも十分前進している気がした。


 再び電車を乗り継ぎ、川神大学へと向かう。同じように総合事務で芯の所在を聞いたが、在籍はしていないようだった。


 川神大学を出る頃にはもう十七時を周っていた。土手を歩きながら佐知の家へと向かう。


 近隣の大学には居なかった。ということは。


「社会人かあ~」


 マーチは頭を抱えて蹲る。ネットカフェで調べた、近辺の働ける場所はそれこそ無数に検索にヒットしたが、いくら悩んでもその中から絞り込む方法を思いつけないでいた。


「まーちゃん、また倒れたりしちゃだめよ」


 声をした方を振り返ると、佐知が買い物袋を持って立っていた。


「佐知!偶然ね。買い物帰り?」

「そうよ。まーちゃんも帰るところ?」

「うん。それ、持つわ」


 佐知の左手を埋めていた荷物をマーチは代わりに持った。


「近くの大学には居ないみたい」

「そっかあ。じゃあ働いてるのね」

「どうやって調べたらいいかなー」

「どうやって調べたらいいかねえ」


 苦悩しているマーチの横で佐知は楽しそうに笑った。そこに嫌味は含まれていなかった。だからこそ、その表情にマーチは救われる。大学生ではなかった、という情報を得られたということは、前進しているのだと思い込める。


「ねえ、今日は何を作るの?」

「豚キムチにしようかと思ってるわよ」

「楽しみ」

「それは良かったわ」


 先のことはまだ何もわからなかった。それでも、なんとかなるような根拠のない安心が生まれていた。


 マーチは日曜日もとりあえず街に出た。行く当ては無かった。大学生ではない以上、社会人である可能性が高いと考えていたが、そこから先を絞り込む方法が未だ思いつかないでいた。


 ただただ街を歩き回った。通りのベンチで人を眺めて見たり、色んな店に入ってみたりもした。可能性は低いながらもいくつかの企業に電話をかけて見たりもした。


 しかし、一つの情報も掴めないまま数日が過ぎた。

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