4-2 決意、行動
「私たちは三か所の
「まあそうだろうな」
「出来る事なら一晩で全て終わらせたいところだけど……。さすがに非現実的かしら」
マーチは天井を見上げた。久しぶりに戻ってきた自分の部屋は、落ち着かなかった。意気揚々と飛び出した部屋に、何も持って帰れなかったことが原因であることは分かっていた。つい大きなため息が漏れてしまう。
「いや、一晩でやるしかない」
「……どうやって?三連戦はさすがに無謀じゃない?」
「別行動だ」
成谷はマーチを睨んでいるかのような強い眼で言い放った。
「
「なるほどね。確かにそれなら二戦で済むけど……」
戦闘回数は減るものの、その提案は
コンコン
マーチが悩んでいると、ふいに部屋がノックされた。
「はい、どうぞ」
はっと顔を上げ、ドアへと目を向ける。
「失礼します」
入ってきたのは鋭い目を持ち、綺麗な赤い長髪の現騎士団長の女性、エルマーニ・クルーシだった。
「マーチ様、お久しぶりです」
「クルーシ、久しぶり。私の居ない間どんなだった?」
「特に何もありません。相変わらず平和な日々が続いています」
「そう、よかった」
クルーシは成谷へと目線を移した。
「あなたが成谷様ですか」
「ああ。ルルから聞いたのか?」
「えぇ。芯様は体調が悪く後から来るそうですね。その代わりに今回はあなたが来たと」
彼女は成谷がメイングオラだと気づいていない。しかし、根拠のない不信感がクルーシの中で渦巻いていた。
「何か問題でもあるか?」
「いいえ。ただ、何をしにきたのかと思いまして」
それは少し喧嘩腰のような物言いだった。声色に含まれる不満は当然成谷にも伝わったが、気にする様子は見せなかった。むしろ、挑発に乗るかのように口の端を釣り上げた。
「用事はもちろんあるさ。なんなら……」
「成谷!!!」
マーチの声はこの小さな部屋で反響した。彼女の目が成谷の言葉を諫めると、一度瞼を閉じ、ゆっくりとクルーシへ目を向けた。
「私は今から成谷と話しをすることがあるの」
「……わかりました。何かあれば、いつでもお呼びください」
クルーシはそう言うと、一度礼をして名残惜しそうに出ていった。
「この国の人を巻き込んだら許さない」
マーチの目は鋭く、迫力に満ち満ちていた。成谷はその目を見て肩を竦める。
「そうは言うけどな。ライントラフのお前が
「これからのことは私とあなたの我儘よ。そんなことは絶対にしない」
マーチは椅子から立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き取った。パラパラとページをめくり、挟んであった一枚の紙を取り出す。
「なんだ、それ」
「退国証よ」
そう言うとマーチはテーブルに面していた窓を開け、指を二度鳴らした。翼が風を切る音がしたかと思うと、マーチの顔よりも二回りほど大きな鳥がサッシに留まった。鋭い目や爪、巨大な体は鷹のようにも見えたが、その体は美しいほどに真白で、この世界でしか存在していないことが一目で分かる生き物だった。
「
「ええ」
マーチは手に持っていた一枚の紙を、動きを止めたままの気高き鳥の足首へと巻き付けた。
「よろしくね、コール」
彼女は、コールと呼ぶ真白の鳥を一撫でした。コールは大きな目を一度だけ細め、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。マーチの手が離れると我に返ったかのように、目を見開き、羽を大きく広げた。コールが羽ばたくと、その風はマーチの髪を小さく揺らす。
「じゃあね」
彼女の声を理解したのか、空中でコールはもう一度鳴いた。そして、そのまま空高く飛び上がり、すぐに見えなくなった。
「良かったのか?」
「構わないわ」
「これで、もうこの街にはいられないな」
「その代わり、巻き込むこともなくなったわ」
マーチは机の脇に置いてある自分の身長ほどもある杖を手に持った。それを成谷へと向ける。
「
杖の先からいくつもの小さな光の粒が生まれ、成谷の体へと移動いた。彼の体の痛みがみるみる内に消えていき、砂田との喧嘩で受けていた傷は瞬く間に修復されていく。
「サンキュー」
成谷は痛みのあった腕を伸び縮みさせ確認した。残っていたダメージは無く、スムーズに体を動かすことが出来た。
「さて、何か準備することでもある?」
「ねえよ」
そういって成谷は椅子から立ち上がる。両手を上に上げ体全体で伸びをした。久しぶりの魔法世界だったが、元の世界との違いは特に感じられなかった。
「じゃ、尻込みしても仕方が無いし。向かいましょうか」
「そうだな」
二人は部屋の扉を開けた。想像していた以上に、体や心持ちに変化はなかった。無意識化で既に覚悟は決まっていたのだろう。
彼らに後に引くという選択肢は残っていなかった。そして当然、失敗するという選択肢も無かった。
「
「当たり前じゃない。なんなら、二年先輩の私が二冊取ってこようか?」
「言うねえ」
冗談のような本気のような、そんな会話を彼らは交わした。そして、そのまま誰にも会わず、声をかけず、ライントラフを後にする。
マーチと成谷の長く、暗く、そして苦しい一晩が幕を開けた。
マーチらがひっそりと部屋から出て、外に向かうのをクルーシは見ていた。しかし、声はかけられなかった。
何かありましたら、いつでもお呼びください。
そう言ったにも関わらず、呼ばなかったということはそういうことなのだ。クルーシには伝えるべきではない。それどころか、誰一人にも伝えるつもりは無い事なのだと、彼女は分かった。そして、そこに強い決意があることも。
クルーシは階下に降り、ルルの部屋をノックした。
「はーいー」
呑気な様子で彼女は顔を出した。真剣な表情のクルーシを見て、ルルは首を傾げる。
「クーちゃんどうしたの?」
「ルル。フェルーニを貸して欲しいの」
「フェルちゃん?んー……。うん、いいよ」
ルルは笑った。それとは対照的なクルーシから、何かを感じ取ったのだろう。理由も聞かなかった。ルルは窓を開け、口笛を吹いた。
どこからともなく、それは出現した。思わず目を奪われてしまうほどに美しい毛並み。声を忘れてしまうほど鮮やかな橙色をしていた。凛とした鋭いくちばしと佇まいを兼ね備え、その
「フェルちゃん、クーちゃんを手伝ってあげて」
「ありがとう、ルル」
そう言うと、クルーシはルルに背を向ける。扉を開け、外に出る前に一度だけ振り向いた。
「少しだけ、ライントラフを開けるわ。よろしくね」
「いいよー」
最後の最後まで、彼女らの表情は対照的なままだった。扉が閉まり、クルーシと
「絶対、少しだけにしてよ」
彼女の言葉は誰にも聞こえることはなかった。ルルはクルーシが何をしようとしているのか、理解している訳ではない。それでも、何かをしようとしていることは分かった。
両手は自然と胸の前で組まれ、ルルは強く目を瞑った。何を祈ればいいのか、何に対して祈ればいいのか、そんな曖昧な状態だった。それでも、祈らずにはいられなかった。
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