4-11 砂田の疑問
マーチはリールを強く睨んだ。杖を軽く振ると、背後の女性の前に数多くの魔法陣が舞い始めた。
「快速するは至らぬ証明と眩き存在に相まみえる事ならずして攻略する争点性の成す事ある場所に輝かりし双頭槍の訝し気な挙動と報復の実現に手を貸せ、
リールの手に持つ双頭槍が消えたかと思うと、代わりにすぐ横に巨大な二本の双頭槍が現れた。
「さあ、来い!勝負だマーチ!!!」
「勝つのは私よ!!」
舞っていた幾つもの魔法陣に空気の粒が溜まり、四方八方にレーザー光が発射された。それは正確にリールを狙っている訳ではなかったが、その不規則さが攻撃を読みにくくさせる。
リールは片足で器用にバランスを保ち、腕を振って左右の双頭槍を操った。迫りくるレーザー光を全て弾くと、周囲の地盤が凄まじい程の轟音を立ててクレーターを形成していく。
片足しかないにも関わらず、リールは前進していった。まるで左足が存在しているかのような動作で空中を闊歩する。踏み締めるのは空間であるために、存在している左足先の位置を正確に把握し、空気と自分のバランスを感知していれば彼にとって不可能ではなかった。
じりじりと二人の距離が詰まっていく。
前方に数多く漂っていた魔法陣は、急速に移動を始めた。リールの周囲を囲むようにしてばらける。
「これならどう?」
再び一斉に攻撃が始まる。前方だけでなく、四方八方から来るレーザー光の全てを視界で捉えられなかった。
「うおららあああああああああ!!!!!」
双頭槍の回転する速さが急速に上がった。まるでリールを中心に球体の壁が出来たかと思うほどだった。視界に入る、入らないなど関係なかった。近寄るもの全てを双頭槍がはじき返した。
リールの手に振動が響き渡る。腕がミシミシと悲鳴を上げ始めているのが分かった。源素、体力、神経の消耗が尋常ではなかった。しかし、そのおかげでマーチの凄まじい攻撃を一度も喰らう事無く、近づいて行く。
二人ともが感覚的に分かった。一触即発の距離に入ったのだと。次の一撃で勝敗が決すると。
多数あらゆる場所に散らばっていた魔法陣が、マーチの正面へ全て集まる。
四方八方へ乱舞していた二本の双頭槍が動きを止め、目の前に向けて刃が重なる。
「
「
魔法陣の中心に源素が集まりだした。周りの空気がビリビリと振動しているのが伝わってくる。
双頭槍は二つの刃の切っ先に禍々しささえ感じるほどのエネルギーが溜まり、爆音を上げながら回転を始めた。
「これで、最後よ!!」
「死ね!!」
魔法陣に集められたエネルギーが凝縮され、レーザー光が放たれる。先ほどとは威力、大きさが段違いに上がっていた。
伸びてくる双頭槍と接触する。凄まじい力がその切っ先一点で炸裂した。振れていない筈の周囲さえも振動で震えあがり、地面があらゆる箇所で抉られ、吹き飛び、空間が捻じれた。
杖を持つマーチの腕が衝撃だけで裂け始める。
伸ばしたリールの腕の骨が悲鳴を上げ、ヒビが入り始める。
二人のたった少しだけの差が結果的に勝敗を決する事となった。
魔法陣に貯められた源素が消耗し、レーザー光は出し尽くされた。
双頭槍も動きを止めた。
威力は互角。しかし、地力の差があった。それは主にサポート役として人生を生きてきたマーチと、前線で戦いに明け暮れたリールの差だった。
双頭槍は再び、回転を始める。先ほどよりも威力は落ちていた。それでも、それは先ほどと比べた場合。他から見れば強大とも思えるような残りの力を絞り出し、リールは二つの刃を合わせ、マーチを狙った。
負けた。
マーチは走馬燈を見た。全てがスローに見え、何故か頭の中だけがいつも通りに働いていた。
芯と初めて会った光景
一緒に冒険した光景
メイングオラを死に物狂いで倒した光景
芯に会いに向こうの世界に飛んだ光景
芯が倒れていた光景
砂田と会った光景
成谷とこちらの世界に戻って来た光景
リールと相対した光景
これで、全てが終わり?芯と会えないまま、後悔して、死んで、終わり?
……ふざけるな。私の終末がこれで納得できるか。
マーチの諦めの悪さは随一だった。だれもが無理だと言っても、研究に明け暮れ、別の世界への道を開いた。この土壇場でも、彼女は自分の意識が途絶えるまでは、足掻く。足掻き続ける。そして、彼女は天才だった。誰もが見逃してしまうはずの点に注目することが出来る。感覚的に、気づき、論理的解剖を始める。
めくるめく走馬燈の中、引っかかったピースは、砂田と成谷と白峰神社に居た場面だった。
『それ、向こうの言葉なのか?』
マーチが縁側で手紙を書いていた時に、砂田が発していた言葉だった。何気ないような、意味があるかも分からない一言だった。
彼女の脳内は急速に回転を始める。熱を帯び、全身を巡る血流速度が上がる。口から、鼻から血が流れだした。紙もペンも時間も無い、追い詰められているこの状況の中。しかし、マーチは気づきの解剖に成功する。
「AUENKOTODOALUENAKIEUINAICHIKI」
双頭槍は目前まで迫り来ていた。気が付いても、発動が間に合わなければ意味が無い。しかし、急にリールの動きが止まった。
リールは身体の異常に驚き、視界の端で倒れていたゲルセインを見た。皺の多く、細い指は息も絶え絶えに上げられ、彼の顔は微かに笑っていた。
「ほっほっ。数百年も生きている儂の生命力を舐めすぎじゃのお」
「てめえっ……」
その魔法に大した力などなく、リールは少し力を入れるだけで振りほどくことができた。しかし、その一瞬が結果を大きく揺らす。おかげで、マーチは詠唱を唱え切ることが出来た。
「
放たれた光は一直線にリールへと向かう。その直線上には双頭槍が待ち構えていた。先ほどの大技よりも遥かに発動の楽な魔法だった。
「っ!?」
リールの双頭槍が弾き飛ばされた。特段、力を抜いていたわけではなかった。確かに、直前の一撃に比べれば、勢いは弱かった。しかし、死に際のマーチに破られるほど甘い技の筈がなかった。
杖から放たれた光は、双頭槍を抜けリールの胸へ突き刺さった。
「
光がはじけ飛んだ。リールと言えども、これまでの戦いで左足を失い、相当のダメージを負い、血を流していた。追い打ちをかけるように貰ってしまった攻撃は、致命傷になる。掴んだと思われたはずの勝利は、死に物狂いで放たれた一閃により、零れ落ちていった。
「そんな……、馬鹿な……。この魔法のどこにそんな力が……」
リールは膝をつき、うつ伏せに倒れた。呼吸は浅く、指一本動かすことがままならなかった。
「最後に説明してあげる。同じ魔法でも、詠唱が国ごとに違いがあるのは知ってるわよね」
マーチは座り込み、肩で息をしながら話した。
「
【放つは閃光、轟きたる線の先へ、失わない導き】
ベルヘイヤだと単語型、
【叶、円、弧、轟、有、全、秋、絵、内、無、吉、機】
【叶う言琴に留まらない来たる戦場の飽易と内から縄の道の切先】
だったかしら?」
リールの目は今にも閉じてしまいそうだったが、まだマーチの話しを聞いていることが小さな呼吸音で分かった。
「でも、おかしいと思わない?言の響きで源素を操作し、魔法を作り出しているはずなのに、なんで詠唱が違うの?そして、それなのに魔法名は共通しているわ」
マーチは一呼吸置き、一気に続けた。
「源素を操る響きを、私たちが普段使う言葉に置き換えているだけだったのよ。だって、詠唱は私たちの文字列から来ているのに、魔法名はそこでしか発さない言葉だわ。だから、それぞれの国の詠唱から共通部分を拾ったの。多くは母音が重なってたから、多分そこが重要なのね。そうやって、無駄を削ぎ落した詠唱は源素操作に当然影響する。結果、さっきの魔法でも今まで以上の威力がでたのよ」
リールはふっと小さく息を漏らした。それは微かに笑ったかのようにも見えた。
「戦闘中に……思いつきやがって……。くそがっ……」
そう言って、彼は目を閉じた。その表情はどこか満足そうで、楽しそうにも見えた。
先ほどまでの戦闘と打って変わって、この空間は凪の海のようにどこか穏やかで静かだった。
「本当、あいつがこっちの世界の敵じゃなくて良かったわ」
マーチの独り言は誰にも聞かれることなく消えた。
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