1-14 side 倉図芯 続かない日

「ユメちゃんは、僕の話を疑わないの?」


 魔法世界での話に興奮し、足をバタバタと振っているユメに芯は質問を投げた。彼女は足を止め、心の底から不思議そうな目を芯に向ける。


「だって、本当なんでしょ?」

「まあ、そうだけどさ。普通はこんなこと信じないよ」


 芯はユメから目を外し、足元へと目を落とした。指を組み合わせ力を込める。その中には悔しさを閉じ込め、想いを握りつぶそうとしていた。


「芯お兄ちゃんが本当にその魔法世界に行ってきたのなら、嘘じゃないじゃん!」


 ユメは力強く、一片の濁りもない声を放つ。命一杯に広がった口から覗く白い歯は彼女の感情を表すのに十分な役割を果たしていた。


 自分が行ってきたから嘘ではない。口にすればそれだけのことだった。しかし、それを邪魔する常識という概念が誰の内側にも根付いているからこそ、芯は寂しさと苦しさを味わっていた。それが当然であることも理解していた。


 それなのに、少なくとも目の前にいるこの少女には常識が通用しなかった。


「ありがとう」


 感情に正直な言葉をユメに向ける。芯の表情が伝染したのか、ユメもまたさらに顔をくしゃくしゃにさせ笑顔を見せた。


「それよりも!続き続き!」


 楽しそうな表情のままでユメは芯の肩をたたく。


「分かったよ。それで、僕は長い剣をよく使うようになったんだ」


 芯は再び、魔法世界での体験を語りだした。それが本当のことだと信じて疑わないただ一人のために、これが自分の存在証明だと示すかのように事細かく語って見せた。


 この時間が、芯の口から魔法世界の話を語らせることが、どれだけ彼の救いになっていたかをユメは知らなかった。しかし、だからこそ彼は何の疑心も抱かず、話すことができた。そして、それがこの世界での彼の生きる道にもなっていた。




 芯の生活はルーティーンと化していた。毎朝嫌々ながらも学校に向かい、黒崎たちに苛められる。口ごたえもせず、黙って下を向き、ただ耐えるだけで時間が過ぎるのを待った。それが出来たのはユメと会う放課後があったからだった。


 帰りのホームルームが終わると、出来るだけ早く学校を後にし、白峯神社へと向かう。そこでモモを散歩させているユメと会い、暗くなるまで魔法世界の出来事を語った。ユメはいつも、ワクワクした心が顕在化したような表情で聞き入った。その時間が彼にとって一日の中で唯一幸せだと感じられる時間となっていた。


 そうした日々が何日も過ぎた。




 今日もまた芯は白峯神社へと足を向けた。静かな境内へと踏み入って、違和感に気がついた。いつもならば、彼がやってくると足元にモモが駆けてきていた。トロトロしていないで早く来いとせかされていた。しかし、今日に限っては足元にやってくる猫はおらず、芯はゆっくりと奥の神社へと向かった。


「あれ、今日はまだ居ないのか」


 縁側に座って待っているはずのユメの姿は見当たらず、芯は少し拍子抜けする。静かなままでいる空間に少しの寂しさを感じながら彼は一人腰を下ろす。両の手を頭の後ろに回し、上半身を後ろに倒した。木の板から全身へと伝わるやや低い温度が、物足りなさを実感させる。


「待っていれば来るかな」


 静けさを少しでも紛らわそうと、わざと喉を震わせた。しかし、その声は一瞬にして周りの木々に吸い込まれ、まるで無かった事の様なふるまいを見せる。昨日との違いと言えば、ユメとモモの在不在だけだというのに、芯には景色が暗く見えていた。


 日は沈み辺りが暗闇で覆われても芯はまだ白峰神社にいた。何をするでもなく、ユメたちを待ち続けていた。それでも一向に彼女は姿を現さず、時刻は二十時を越えた。今日はなにか別の用事があったのだろう。そう思い込み、彼はやっと腰を上げて家へと向かう。




 しかし、次の日もまたその次の日も、ユメとモモは白峰神社にやってこなかった。

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