第10話 もう失いたくないよ

 そこには、透明な大きな樹がそびえ立っていた。

 日の光をあびて、キラキラと辺りに光を反射させている。

 それは、この世界を守っているかのような神々しい神秘さえも感じさせる樹だった。


「すげぇ……。なんで、どうやって……」

『⁉ 今、お前どこにいるんだ!? 樹のクリスタルって言ったか⁉』


 境が、ぼうぜんと見上げていると。どこか焦ったような声が響く。


「? うん、言ったけど?」

『……!? なんで、お前入れたんだ!? もしや……いや、今はそんなことはどうでもいい! 今すぐ出ろ! そこだけはダメだ!』

「え? なんか危険なものでもあんの?」

『ないが……』

「ならいいや。あと十分ここにいる」

『⁉ や、やっぱりあるぞ! 核とか爆弾とか! 絶対不幸になる呪いとか!』

「いや、核とか爆弾はともかく。俺はもう不幸だし」

『⁉』


 境のそのあっさり切って捨てる物言いに、声はどんどん焦燥を表していく。


『ぅう……わ、わかった。ならどんだけそこに居てもいい。そこにはあいつらも来にくいだろうからな……。し、しかし。その樹には触るなよ? そこには、封印がされてい』

「あ。ゴメン。触ったわ」

『あああああああああああッッ!?』


 興味ですでに手を伸ばして触ってしまった境。

 すると。


「…………?」


 境の触れたところが、ぼんやりと光を発し始める。最初は気づかないくらいの弱々しい光が。


 徐々に。徐々に。光が強く。大きくクリスタルの樹に広がっていく。

 いつしかそれは、命が胎動するかのように。光が小さくなったり大きくなったりを繰り返すようになっていた。

 樹と境を中心にして、風が発生して。光を巻き込みながら木の葉をゆらす。

 まわりに浮かぶ小さな光でさえも、何かが起こるかのように揺れ泳ぐ。


 境がそれを呆然に見上げていると。

 ピキリ。

 そんなガラスが割れるような音が手もとからした。見ると、境が触れている箇所にヒビが一本入って居た。

 そのヒビが徐々に大きくなり、上へ上へと昇っていく。


『下がっていろ……』


 声におとなしくしたがい、境は樹から目を離さないまま、ゆっくり下がった。


 すると。


 樹がより一層、きらめいたかと思うと。


 ――パァ――リン


 クリスタルが砕けて、空に飛び散る。

 細かくなった宝石が、それでも一つ一つ光を淡く放つ。それすらも、現実離れしすぎていて。あまりにも幻想的で。境は、目を大きくしてそれを見ているだけでいっぱいになる。


 すると、声が。


『ああ……封印が解けていく……


 頭の中を響いていただけの声が。


「何百年ぶりだろうな。空気に触れんのは……」


 声が、樹があった中心から、直に聴こえた。


「お前は……」


 そこには、鎖に巻き付かれた人形が。

 かろうじて、ちいさな黒い手の先が見えているだけで。どんな姿なのか。どんな表情なのかまでは見えない。

 何重にも巻き付かれた鎖を重そうに引き摺りながら、あの声の人形は、唖然とする境の前まで来た。


「まさか、封印を解かれるとはな……」

「封印って、お前……。それに、さっき何百年って……」

「そうだ。オレはあの樹に封印されていたんだ。随分長い間な」

「そっか。なら、封印が解けてよかったな!」


 それを聞いて。子供のように屈託のない笑みを浮かべようとした境に。

 人形は。



「いいわけないだろう!」



 大きく叫ぶように否定した。


「⁉」


 その突然の、怒鳴り声に境は肩を大きく揺らした。そんな境に顔を向けたまま、人形は鎖をジャラジャラとならしながら続ける。


「どうしてオレが封印されていたか、わかるか⁉ こんなにも危なく、常人なら存在すらも知らないこんな所に! 何年も! 何百年も!」

「!」

「はっ! 伝説の力とか、世界を救うきりふだとでも思ったか? んなのは妄想だけにしろよ。そんな便利な力を封印なんかするわけないだろう⁉ ……オレはなんだ。救う力じゃない――」


 そこまで一息で言って。肩を上下させながら、鎖の人形が、ふっとうつむいた。



「――オレは、破壊をもたらすんだ」



 人形が、ぽつりと落とした。


「オレが存在していると、ろくなことになんねぇ。みんな、オレに関わったやつはみんな、消える。で、殺されたこともあるし。知らない間に消されることもあった。最初は、その殺した相手を憎んださ。よくもってな。けどよ。……気づいちまったんだよ」


 いったん言葉が途絶えて。


「――オレが殺したってことに」


「!! そんなわけ……」



「オレのせいなんだよ。オレに関わったから、みんな消えていくんだ。たまに、自分の力が抑えられなくなるんだ。だから。そのせいで……オレのせいで……」

「んなわけ、ないだろ! お前のせいじゃねぇよ! どう考えたって、お前じゃなくて、殺した奴が悪いに決まってんだろ! だから――」


 境は、人形に向かって。こっちに来いと、手を差し伸べた。

 人形は、それをじっと見つめて。


「……。昔に。昔に、そう言ってくれた奴がいた」

「!!」


 けどさ……。と、人形は上を向いて。境を見上げる。顔は、表情は見えない。けれど、震え声で。


「けど、その三か月後死んだよ」


「な――――」

「焼けただれて、手足を切断された変死状態で家で見つかったんだってよ。……はは。オレは今まで沢山の人に会ってきた。けど、もう会えねぇんだよ。二度とな。この意味わかるよな?」


 悲しい出来事を脳裏に浮かべていたのか、それを振り払うように顔を左右に振って、取り直すように境に言う。


「……ほら、わかっただろ? 今はまだこの鎖があるから、大丈夫だが……今すぐ帰れよ。今すぐ出てけよ。もうくんなよ」


 そう言って、境の手を押し返した。


 に隅で小さく丸まり。

 に、押し返す。

 他の人形とは、明らかに違う。


 行動もそうだが、



 そいつが、泣いているように感じられたから。



 他の攻撃的な人形からは、こんな感情なんて感じられなかった。

 他の人形から感じたことは。悲しいと思ったことないような、ただただ自分勝手で攻撃的な。たとえるのであれば、人にプログラムされたAIのような。無機質な気持ちだった。


 けれど。

 目の前で泣く人形は。

 触ったとき、悲しい感情が流れ込んできた。

 何とも言えない、ただただ青く、蒼く、はかなく、辛く、辛く、辛く。

 そんな色で塗り重ねられた感情が。


 もう、傷つきたくない。壊れたくないと泣きじゃくる子供の姿が連想できた。

 傷つけさせたくない。大切な人をこれ以上失いたくない。

 失う痛みを感じるくらいなら、最初から出会わなければよかったのに。


 そういった痛みが、激痛が境の中に走る。胸を深くえぐるような痛みに。境は顔をしかめた。


「ぅ……。っう……」

「もういいんだ。もういいんだ。帰れ。帰り道は教えてやるから。今ならまだ大丈夫だから。オレは、行きたくないんだよ」


 本当に、行きたくないのなら。

 無理には行かせない。

 選ばない。


 だから。


「………………」


 だから境は、


 ビクっ、と、そいつが大きく震える。


 そうだ、本当に行きたくないのなら。

 行かせないし、選ばない。


 



 、行きたかったら。



 、選んでほしかったら。



 、大切な人と一緒に。ずっと一緒に笑っていたかったら。



 俺は――


「何をやって――! やめろ、ダメだ。そしたらまた、また――⁉」

「ほいほい、暴れんなって。いっとくが、俺はそう簡単に死なねぇぞ?」

「な、なんの根拠が……!」

「ここに居る俺が根拠だよ」


 そのあてにならない、気休め程度にしかならない言葉に。

 境の手の中で暴れていた人形は、毒気を抜かれたように動かなくなった。


「そ、そんなの、根拠じゃ……」

「じゃあ、根拠作ってこうぜ。お前と俺でよ」


 境は、ニッと人形に笑いかけた。

 すると。人形をいましめていた鎖が砂になって、零れおちていく。


「本当に、いいのか?」

「ああ」


 人形の問いかけに、大きく頷く境。


「俺は、お前を引っ張ってでも、引きずってでも、無理やりでも行かせてやる」


 ぴたりと、手の中の震えがおさまる。



「行こうぜ。俺は、お前を選ぶんだ」



 全ての鎖から解放されたそいつが、俺の事を眩しく見上げたような気がした。



































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