第1章 滅びることにない始まりの歌
第1話 朝の前兆
透き通る青い空。
そこに浮かぶ雲さえも気持ち良さそうに伸びている。
住宅街の電柱に停まる
木漏れ日を流す風は、冬には似つかわしくないやんわりとしたものだった。
その下を、見覚えのある人がただ一人歩いている。
紺色のブレザーに赤色のネクタイ。グレーのスラックス。名門高校
寝癖で跳ねた黒髪の下には真新しい包帯が巻かれている。
境は、そんな包帯を片手でそっと触ったあと、昨日の事を思い出し小さくため息をはいた。
「ったく、昨日は偉い目にあったな……。いや、昨日もか」
そんなことを空を仰ぎながら、ぼやく境。
そうもしているうちに、境は最後のパンのひと欠片を口に放り込み、空になった袋をポケットの中に突っ込もうと、
「おぉーいっ。キョウくーんッ」
その時。
後ろから走ってくる足音が、境の名前を呼んだ。
境は、その声だけで誰かと分かったのか、特に驚いた表情を見せずに、足音の名前を言う。
「ん。マフか」
境が立ち止まり振り向くと、追い付いたマフと呼ばれた少女は元気よく手をあげ、ビシッと可愛く敬礼を決めてきた。
「そーですっ。マフでーすッ」
嬉しそうにいう少女は、赤色のリボンがついた境と同じ咲宮学園の制服を着ていた。
明るい茶色の髪を真っ赤な大きなリボンで結んでいるため、小柄な体もあいまってどこか犬のようだ。
その、クリっとしている常夏の海のような色の目が印象的な少女は「偶然だねぇ!」と上目使いに言ってくる。
「は? 偶然じゃなくて、お前の【
「エヘヘ。バレたか」
あきれたようにジト目で返す境に、少女はチロっと舌を出した。
そして、おもむろに片手を出す。
「……ッ」
その瞬間、少女の手を中心に蛍のような無数の小さな光が集まり始める。
集まり、集まり、形を構成していく。
みるみるうちに、手に浮かぶようにして道路や家を縮小したもの―――『地図』が展開された。
地図には、今境たちが居るらしき場所に三角の赤いマークがされている。
少女の名前は、『
【
この時代には、もうスマートフォンと言うものが存在しているのだが。電池の消費の心配のないそれは。
境の使い物にならない……むしろ要らない【職業】に比べたら、それはとても実用性のある
「それにしても……」
真歩は光の地図を霧散させながら、少し羨ましそうにしている境の顔を見て、言葉を続ける。
「その様子じゃ、昨日も【
真歩は「だってキョウ君が怪我するなんて珍しいし」と、境の顔を下から覗いて巻いている包帯を細い指でツンツンとつついてきた。
「ああ。これの事か……」
境は一瞬、昨日の事を答えるかどうか悩む色を見せた、が。顔のすぐ下にある真歩の興味津々で輝く目を見て諦めたように口を開く。そして、昨日の出来事を一つ一つ思い出していく。
「……昨日、俺は放課後にコンビニに寄ったんだ。だけどそこで万引きだと間違えられた」
「うわぁ。そんで?」
「警備員が、話も聞かず逮捕すると言い出すから、俺は逃げ出し、結局、町中追いかけ回された」
「……キョウ君の目付きが多少悪かったからかな?」
真歩の言葉に境は「うぜぇ」と言いながら話を続ける。
「……そんで、ちょっとやばかったのはビルからのダイブしたことかな」
「…………え? ダイ……ええええええええ!? そんでそれだけの怪我ですんだの!? ウソウソ!? ……えっ。本当なのっ!? ええええッ!?」
ギャンギャン騒ぐ真歩に境はガリガリと頭を掻きながら「そー言ってるだろ」と煩そうに呟く。
すると更に「イヤイヤイヤ!? 何そのたかがそれだけみたいな反応!」だとか、「僕……ずっと君の幼なじみだったけど、もう君の事理解が出来ないよぉ……」だとか言ってくるので、あえて前を見て無視を
「いや、でもね? それ普通の人ならできないからね? 気をつけてよ?」
真歩は、そう呆れに似た苦笑いを浮かべて、首を「ね?」とかしげて見せる。それから、視線を境から前方へ移した。
「大きな怪我とかしちゃったら……。ボクが心配するし。そ、それに! あ、あれだよ! そう『転職』なんて出来なくなっ――」
「…………マフ?」
さっきまでのどこか恥ずかしそうな声がプツンと切れた。横を一緒に歩いていたはずの真歩がいない。後ろを見てみると、真歩は境から少し離れたところで立ち止まっていた。斜め後ろから延びる道路の先を一点に見つめている。
「……?」
境もつられてその先に視線を移す。
すると人が二人、50メートル先ぐらいに対立しあうように向かい合っているのが見えた。どちらも境たちと同じくらいの年齢。
しかし、不自然に染め上げられた髪にピアスと、健全な生徒とは言えない見た目が、二人を健全な生徒ではないことを教えている。
境が「なんじゃありゃぁ」と呟いていると、いきなりその両方を中心に微弱だが風が発生して土を吹き上げてきた。
いや……風ではなく――殺気だ。
睨み合う二人は、どちらとも黒い笑みを浮かばせている。
「へへへ。俺様に負けて怪我しても知らないぞ?」
「はっ、それはこっちの
そう言うと2人はお互いに更に殺気を膨らませる。もう今にでも戦闘が勃発しそうな空気だ。道路わきに植えられている木の葉がざわめく。雀が異変を感じて慌てて飛び去って行った。
何が起きているかを理解した真歩は、ハっと我に返り大きな声で叫んだ。
「や、止めるんだ! 【職業】を使う決闘は、街なかでは禁止されているはずだ!? それに、こんな住宅街でやったら―――」
――どれだけ被害が出るかわからない。
しかし、真歩の止める声は相手に聞こえていない。
そして2人が同じタイミングで動き出してしまう。
片方は力を込めた右手を振り上げて。
もう片方は硬い左足を垂直に上げて――
「あー。何て言えば良いのかな」
「「!?」」
その時だった。ぶつかる寸前の二人の間にサッと素早い動きで木の棒が差し込まれる。そして、
「やめろよ。うるせーから」
そう言った声の主は―――さっきまで真歩と遠くから見ていたはずの境だった。まるで瞬間移動でもしたのかと疑うほどの足の速さ。一瞬で50メートルという距離を跳んだ境に、不良たちだけではなく真歩までも反応に遅れる。
「キョウ君!?」
「……あ? なんだよお前」
「邪魔して覚悟は出来てんだろうな?」
いきなり現れた境に、がらの悪い2人は一瞬たじろいだが、境が自分達と同じくらいの年齢だとわかったからなのかすごみ始める。普通の高校生ならここで土下座してお財布から紙が数枚飛んでいくところだが――。
境は動じることもなく2人をひと睨み。境の黒い瞳が獣のように鋭く凶暴になる。
「……あぅ」
「ぅぐ……」
境の鋭すぎる目に射ぬかれた2人は動けなくなってしまう。境が獣なら、その相手をする二人はその獲物。情けない声を出して、みるみるうちに青ざめていくカエルたち。
そのカエルどもに向かって一言。
「失せろ」
「「ひゃいいいぃぃぃいぃいいぃッッ!」」
とてつもないスピードで仲良く逃げていく可哀想なカエルたち。
もうどちらが、悪役なのかわからない。そんな風景は境にとってよくある事だった。
境は、もう居ないことを確認して、「はあ……」と、大きなため息をした。
そして、
「……お?」
つかんだ。
つかんだはずなのに持ち上がらなかった。そうは重くないはずのスクール鞄を持ち上げられない。そう。それはまるで、乾いて張り付いたように。
たらーっと、境の顔に嫌な汗がすべり落ちる。
ゆっくりと視線を地面に移すと紙が落ちていて。さらにその紙にはハッキリと『注意ペンキ塗り立て』と書いてあって。
「キョウ君……ッ」
顔をあげると真歩が泣きそうな顔をして立っていた。
「あ。マフ……、これ剥がすの手伝っ――」
「なんてムチャをしたんだい君は!」
「え? あ、ああ。さっきの事か? でも結局止められたし、怪我もさせてないし。……そんなことより手伝っ――」
「違うんだ! そんなことじゃないんだ! ボクが……ボクが心配しているのは……っ」
真歩は今にも泣き出しそうな顔で境に詰め寄る。真歩の顔がぐっと近くになる。そして、
「キョウ君! 今日は学校の大切な日なのに、あと5分で遅刻って事だ!」
コンッと音をたて、どこからか飛んできたアルミ缶が境の頭にあたった。
「鞄が取れない」「ええ!?」慌てているがどこか楽しそうな声が住宅街から漏れ出る。
そんなどこでもありそうな朝の1コマ。
――しかし。その情景を。
――――近くの電柱の上に立った人影は
―――――――――見ていた。
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