第2話 試験日の早朝
咲宮学園――地方の名門高校で、全国でも勉強出来る高校と言われれば必ずといってもいいほど学校名が挙げられる有名な高校だ。
しかし、それだけがこの学園の売りではない。
場所は、
――ガララっ
突如、教室のドアが勢いよく開け放たれる。
椅子に座って先生を待っていた生徒たちが驚いて、開けられたドアと入ってきた生徒に視線が集中する。
もちろん入ってきたのは、境と真歩だ。
真歩は、髪が乱れてヨロヨロで、ついた瞬間へたりこんで肩で「ゼーゼー」と苦しそうに酸素を吸おうと肩を大きく上下に揺らしているが、それに比べ境は少し息が上がっているようだがなんともないようにピンピンしている。
……ただ、彼のスクール鞄の底が少し破けて見えるのは気のせいだろうか。
ちょうど鳴り出した「キーンコーンカーンコーン」とありきたりなチャイムを境は聴きながら、境はホッと息を吐く。
「なんとか間に合ったな」
「と言うか、キョウ君! ボクを置いていこうとしたでしょ!」
涼しげに言う境に、すかさず真歩はビシィっと指を指してプーっと頬を膨らませた。
しばらく二人を見ていた生徒たちは慣れた様子で、「またやってる」「朝から元気だなぁ」と、生ぬるく見守っていた。
ずっと入り口に突っ立ていた境と真歩は生徒たちにやんわり注意され、お互いの事をグチグチ言い合いながら皆と同じように自分の席へ腰をおろす。
真歩も境の左後ろにある席についたようだ。
境は、未だ左後ろから感じる黒い視線をすらりと無視を決め込みながら。スクール鞄の中身を適当に出して、机の引き出しに詰め込もうとする。
「ん?」
そこで境はあることに気づく。
境の机の上には見慣れない紙が置いてあった。
見渡せば皆の机にも同じ紙が配られている。それを確認して、境は「なになに……」と紙に書いてあることを読んでみる。
『
「試験……」
境は眉を寄せた。
どこかで聞いたことがあるかもしれないが馴染みのない言葉だ。
でも、試験と書いているのだから良いものでは無いことは確かだ。
真歩が登校中に言っていた「学校の大切な日」とはおそらくこの事だろう。
境は後ろをくるりと向いて、
「マフ」
と、小さめの声をかける。
すると真歩は走って乱れた髪を直していた手を止め「なんだい?」と、境を大きな目で見つめて、カクンと首をかしげた。
境は、内容の書いてある紙を持ち上げて見せながら問う。
「なぁ、マフ。この職戦重要……なんちゃらって何?」
「はえ!?」
そのとたん、真歩は大きな目を更に丸くさせ、とんでもなく驚いた顔をして勢いよく立ち上がる。
辺りにいた周りの生徒も立ち上がりはしないものの、真歩と同じように口を半開きにして境を見た。
どうやら知らないのは境だけらしい。
それも、知っとくのが当たり前らしい。
気まずそうにする境に、真歩は立ち上がったまま机から身を乗り出す勢いで問い詰める。
「知らないの!? 先生、ずっと前から言ってたじゃんっ!」
「………………知らない」
境は、たっぷりと時間をかけて考えてみたが。やはり聞いた事があるような気がするだけで内容はわからない。
……いや、覚えてないの方が正確か。
元々、境は授業時以外の先生の話は全くと言っていいほど興味を持たないので、しょうがないのかも知れない。
そう結論に
「……わかったよ。大体の事だけど簡単に説明するね。この『職戦重要ランク分け試験』って言うのは、その名の通り職業の戦力の重要さを分ける大切な試験なんだよ。えっと、高い順にAからEまであるのさ」
「……なんでそんなのが必要なんだよ?」
なんだ。戦力って。そう思った境は少し顔をしかめて聞いた。
真歩は「ウ~ン……」少し考えてから答える。
「そりゃ……」
「それはね。悪ぅーい事に職業をつかう人達をぶっ殺ごほんごほん……こらしめるためなのよーんっ」
いきなり真歩の声を遮って、代わりに独特のある野太い声が後ろから投げられる。
……と言うか、今なんだかとても物騒な事を言いかけていたような気がする。
驚いた生徒たちも境と同じように真歩の真後ろにいる、なぜか女性の言葉遣いをする化粧きつめの男性――オカマに視線を移す。
真歩にいたっては、驚きすぎて数センチ飛び上がり椅子ごと横にひっくり返ってしまうしまつだ。
「オカ……マイちゃん先生」
境にそう呼ばれたオカマ――通称『マイちゃん先生』は濃いピンクを主にした女性用のスーツを着ている。が、そこからでも十分わかるほどのゴツゴツした盛り上がった筋肉に大きな肩幅なのでボディービルダーを目指しているのかと誰もが思ってしまうほどの体つき。
なのに毒々しい紫色の長い髪を横で結び。更に、厚すぎる化粧。
年齢は、化粧をされているのでわからないが声から30から40歳くらいが妥当だろう。
そんなマイちゃん先生は、ツカツカと高いヒールの音を出しながら境に向かい合った。
「あらん? 今ぁ、私の事を何て言おうとしたのん?」
マイちゃん先生は、赤い口紅が塗られた唇に優しい
もしもこの場を音で表すことが出来るのならば、この教室は『ゴゴゴゴゴ』で埋め尽くされるだろう。
さすがに境もこれには耐えられない。だらだらと汗を流し目をそらしながら、
「い……え。な、なにも……」
と、小さな声で言うのがやっとだった。
ここで突っかかったら、待っているのはマイちゃん先生による、お仕置きである。
だから、ここはおとなしく頷く。
すると、マイちゃん先生はパチンと手をあわせてニコォと笑顔になった。
「そう? それじゃあ 気を付けやがれ。では、試験についての説明を始めるわ」
そのまま大股スキップで教卓の方に移動していったマイちゃん先生を横目に、境はドっと机に突っ伏した。いまのところ境の一番の天敵はあれだろう。
周囲からはそんな境に同情の視線が集められた。
― ― ― ― ― ―
「――た通り、それが意味なのよ」
静まり返った教室にマイちゃん先生の声だけが響いている。
彼女の試験についての説明は続く。
説明を聞く生徒たちは、一言も漏らさない勢いといつもの授業時より更に集中して聞いてるようだった。
そんな中、境は授業ではないので、いつも通り聞いたふりをしつつ昼寝をしようとする。が。
そのたびに、左後ろからシャーペンや消しゴムや酷いときにはコンパスが飛んでくるのでしょうがなく説明を聞いている。
「今回の試験は主に『知』と『速』を求めるものになるわよ」
じゃあ、他の試験では『攻』や『守』とかあんのかな、とぼんやり考えつつ。
聞きながら手元にある紙の対応するページをペラリペラリと、読み進めていく。
『スタート地点から始まり、目的地の対象物を触れた順にランクを分ける。なお、スタート地点は、各教室によって場所が
「私たちの教室は住宅街からスタートなのっ。でも、安心して。距離は変わらないから」
そう付け足したマイちゃん先生は、教卓の前で資料を持ちながら教室をゆっくりと見渡してから言う。
「目的地は、スタート地点から約三キロ離れているわ。詳細は、紙に」
『なお、目的地は教会。対象物はそこにあるイエス像となる。また、そこにたどり着く方法は、問わない。』
その、イエス像に触った順にランクが変わる。そして、たどりつくには何でもあり。
これはつまり―――
「つまり、教会につくまでに【職業】を、使って一番になりゃあいいんだな?」
「そう、正解よっ!」
呟いた境に空かさずマイちゃん先生がバチっと片目を
一拍の沈黙。
一拍たったそのとたん。
ドっと教室中に大きな波が起きる。生徒は口々に不満や困惑を投げ付け合う。
だがそこに含まれる声色が、全て。
―――怯えていた。
「職業使うのッ!? それも実戦!?」
「いきなり!? そんな、練習とか使い方とか習ってないし!」
「恐いよ、危ないじゃん!」
そう。彼らの言う通り危ないのだ。
職業は本来、人のために使う力なので、こういう攻撃的な物には普段使われない。
しかし、優れた
『こんな素晴らしい力を、見せつけてやりたい』と。
職業は、まだ科学では説明が出来ないほどの不思議な力をもっている。
それは人それぞれだが、例えば、人を癒すことができたり、木をなぎ倒すほどの強風を創ったり、口から高熱の炎をだしたり……様々だ。
そうして、自分の娯楽だけに力を使う者が出てきているのだ。
だから現在、社会はその一線を越えてしまった者たちを処理する者を求めている。
その要求にいち速く対処をし始めたのが、この学園。咲宮学園と言う訳だ。
だから、このような荒行時も仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。
もっとも、当の生徒たちは納得していないが。
そんなことを思っていると、マイちゃん先生と目が合った。彼女は、わざとらしく境に笑いかける。
「そうそう。ついでにこれが終わったら、お偉いさんたちからいいものが貰えるからお楽しみに」
――良いものって何? そう聞こうとした時。
《ビッ》と、放送が入る。
そして――
《ビーッビーッビーッビーッビーッ》
「!!」
教室を震わせるような大きなけたましい音がなり響いた。
目を白黒させる生徒たちの頭上から機械越しの言葉が伝えられる。
《職戦重要ランク分け試験を始めます。対象の生徒は体育着に着替え、各先生の指示に従い、速やかに転送室に移動しなさい》
「さぁ行くわよっ! はやく着替えて、付いてきなさぁいっ」
マイちゃん先生の声と共に、境たちは動き出した。
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