第13話 春分祭

 わいわいと、今にも跳びはね踊り出しそうな声々が、商店街に溢れていた。

 まだ朝の8時だが、休日ということもあり、多くの人々がここに賑わっている。


 数えきれない出店がズラリと、並び続け。

 肉の焼ける香ばしい香りや、威勢の良い売り場の声。たまに見かける猿の芸や。太鼓や笛などを巧みに奏でながら歩く小隊。


 上を見上げれば。

 キラキラと輝くリボンや美しい花をちりばめられた、祭にぴったりな飾りで彩られていて、いつもより更に華やかさが強調されていた。

 誰もが、ワクワクと心を捕まれるような景色を目の前に。


 境の胸ポケットから顔をピョコンと出しているニャン吉は、せわしなく辺りを見回し。


 そしてやはり。

 流石さすがに境も「ほぉ……」と、どこか関心するような声で……



「帰りたい」



「え? まだ来たばっかりだよ?」


 死んだような目で漏れる本音に、隣でいた瞬は苦笑いを浮かべる。


 そう言われて、帰れねぇのか……と。今日もはや何回目かわからないため息を吐くのであった。


 境と瞬は、待ち合わせ場所とされた時計台でただ突っ立ている。

 後は真歩が来るだけなのだが……。


「おーいっ、シュン君、キョウくーんっ!」


 タッタッタッ、と。人ごみをかき分けてこちらに駆け寄ってくる真歩。


「おせぇよ、マフ」

「あはは、ごめんよ。人が多すぎてさぁ」


 目の前で止まった真歩は。

 ネクタイを印刷されたシャツに、ジーンズ繊維のパーカーを羽織はおり。そのほっそりとした美脚にはショートパンツと。

 男子のような服装ながらも、その組み合わせからか、可愛らしい女子として着こなしていた。


 いつもとは違う真歩に、境は一瞬戸惑ったが、そのいつもと同じ人懐っこい笑顔を見て少し安心した。


「んじゃあ、帰るか」

「「待て待て待て待て」」


 踵を反して去ろうとする境の首根っこを、ぐわしっと、掴みとどめる真歩と瞬。ニャン吉も無言の圧を出して『カエレバ コロス』とマジで睨んでいる。


「き、如月君……。せっかく来たんだからさ……」

「そうだよキョウ君っ! 今日は夜まで遊び通すんだ。夜は寝かせないぜ?」

「いや、寝かせろよ……」


 目に生気の欠片すら浮かんでいない目で、ジトーと恨むような視線を送る。が。

 当の真歩は、どこ吹く風で気にした様子もない。

 ……もうこれは本格的に腹をくくらなければいけないようだ。

 脱力しブランと腕を下げた。その時。


 ザッと。


 ある人物が、目の前に現れた。


 ヒーローの登場シーンのように、砂を巻き上げ。赤い宝石のような、艶々つやつやとしたツインテールの髪がたなびく。

 ふんわりとした白を主にしたフリルのワンピース。ふんだんにフリルがついているのだが、しつこさなどは全く感じられず、むしろ貴族のドレスを連想させる。


 一般人では、その服がどうしても浮いてしまう事だろう。しかし。その着ている人物は、あまりにも美しかった。

 その、ルビーさえもあざむく綺麗な瞳が印象的な彼女は―――



「え? ルナ……?」



 境が、目をぱちくりさせながら名前を呼ぶ。

 すると、ルナは腕組をしたまま、どこか芝居口調で。


「あら。キョウじゃないの。偶然ね、ここ春分祭で会うなんて」


 と、言った。しかし、ルナはまるで『会うことがわかっていた』と言わんばかりの表情で全く言葉に感情が入っていない。


 それに、さっそく真歩がルナのやろうとしていることに気がつく。そして露骨ろこつに苦い顔をした。


「……や、やぁ。偶然だね。じゃあ、ボクらは行くところがあるか――」


 そう言ってその場を離れる前に。



「あ、あれあれ? おかしいわねー? 私、迷子になっちゃったみたいー」



 やはり棒読みの台詞セリフを言いながら。チラ、と。

 ルナが、境に目配せをする。


「……?」

「ええー。困るわー。どうしましょー」


 チラチラ、と。


「このまま、私は路頭ろとうに迷うことになるのかしらー?」

「…………あー、ルナ?」


 境が困ったように、ガリガリと髪を掻きながら、声をかける。


 それに、真歩は「やっぱり……」となぜか肩を落とす。境はそんな様子の真歩を変な目で見ながら、ルナへ言葉を続けていく。


「お前、困ってんだろ? んじゃあ、一緒に探してやるよ。行こうぜ?」


 その言葉に、パアッとルナの顔に笑顔が咲いた。まるで、これを期待していたかのような喜びぶりだ。


「本当っ!? 嬉し……じゃなくて、まぁ、うんっ、当たり前よね! そりゃあね! ウフフっ……」


 そんな言葉とは裏腹に、頬が緩みまくってる気がする。ふわふわと、揺れるドレスのルナを見ながら「よかったな」と、呟く。

 それから、思い出したかのように「あ」と声を出しクルリと振り向いた。


「と、言うことで。二人とも良いよな?」


 後ろにいた瞬は、コクンと頷き。真歩も渋々しぶしぶと頷く。


「うん。ちょっと、緊張するけど。でも、迷子って言ってたからね。一人じゃ寂しいよね」

「……うう、このぉ。キョウ君っ! 絶対にルナちゃんと二人だけにならないことっ。絶対ねっ! ……くう、せっかくの恋愛スポットがぁぁぁぁ……」


 最後らへんが小さすぎて上手く聞こえなかった。でも、大丈夫らしい。


 すると。


 ドン、と。

 肩に、歩いていた人があたり、少しふらつく。


「……っ」

「だ、大丈夫? キョウ…………今のは……」


 近くにいたルナが、境を心配そうに覗き込んでから、そのまま歩いていった人を睨む。それに、「大丈夫だ」と言いながら。


 そろそろ、通行者の邪魔になるかなと、考える。ニャン吉もこちらを見上げながら。


「そろそろ、移動しろよ。他のところも見てみたい」


 と、せかす。だから。


「そんじゃあ、そろそろ行くか」


 境は、やはり気だるげに言うのだった。

 自分でも気がつかないうちに、笑みを浮かべながら。




 ザー、ザーザザ、と。


 狭く暗い裏路地うらろじに、不快なノイズ音が響く。


 祭りをやっている場からは対照的に、あたりには静けさが漂っている。


 そこに誰かがいた。しかし、暗すぎてかろうじて男だということしかわからない。

 男の持っている、黒のスマートフォンから聞こえるようだ。


 しばらくノイズ音が続き、いづれ「プ……」と止まる。

 そして、そのスマートフォンから声がした。


「執行No.89。どうだ、標的は見つけられたか」


 抑揚のない、冷徹な声だった。


「はい。確認しました。……ただ、学園の者、数名と同行するようです」


 男は、答える。

 それに少し焦ったような声がもう一回聞こえる。


「で、では。は出来ないのか?」

「いいえ。問題はありません。たかが、学生です。……ただ、そのうちの一人は注意が必要かもしれません」

「その様子からだと、接触したようだな」

「はい。まぁ、仕事の癖です」


 肩をすくめながら言う男の声に、箱から聞こえる音に笑いが混じる。


「では、後は全てまかせるぞ? 必ず成功させてくれ。なにせ―――」

「――に。ですよね? もちろん成功させますよ。貴方様から送っていただいた大勢のさえあえば―――」


 それから少し間をあけて。



「――するには、充分ですよ」





















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