第14話 幸せと 迫る苦しみ
大通りに並ぶ出店の活気は、日が高く昇っても一向に衰えない。
焼き鳥やリンゴ飴など、手軽に食べられる物が多く並んでいる中で。
春にちなんだアクセサリーなんかもある。
どこかで、芸の大歓声が聞こえてきた。
「す、凄いわね! ねえねえキョウ、あれは何かしら! 鉄砲よ、鉄砲」
「射的だな」
「じゃあ、これはっ? もくもくして雲みたいよ!」
「わたあめだろ」
目をきらきらさせるルナに腕を引かれて行く境の後ろを、真歩がブスッとした顔でついていく。
瞬はそんな真歩をなだめるように、乾いた笑い声を出した。
「キョウ、キョウ」
「ん?」
境は小さく袖を引っ張られて、ルナに視線を戻す。ルナは、キラキラと目を輝かせながら出店の品物を指差した。
薄い生地を丸く焼き、そこにたっぷりのホイップと、色とりどりの新鮮な果実を溢れんばかりに乗せて。仕上げに、溶けたチョコレートでおしゃれをさせた食べ物が売っていた。それは――
「クレープか?」
「くれーぷ! くれーぷと、言うのね! くれーぷ、くれーぷ食べてみたいわ!」
そこで、境は不思議そうな顔をした。
「ルナは、食べたことないのか? あれ」
けっこう有名な食べ物だと思うのだが。
真歩みたいな女子は、甘いものに目がなく、そういうのはバッチリと覚えているものだと思っていた。
その境の言葉に、ルナはフルフルと首を横に振る。
「そうよ、食べたことがないわ……。なにしろ、こういうお祭りにも来たことないもの……」
とんだ箱入りお嬢だな、と、境が苦笑する。
それにルナは、小さく頷いた。
「――だから、ここに来れてよかったわ。キョウと、会えて、よかったわ」
ルナの顔に、スッと、影を落ちる。
笑う。
どこか、どこか寂しそうに、笑った。
「…………」
それに境は、心に引っかかりを覚える。前にも。同じような気持ちになった気がする。
ちゃんと、聞かなくてはいけない。
「キョウ、キョウ! くれーぷが欲しいわっ! どうやって買うのかしら!」
「ぐわっ!? はっ!? ちょっ、腕引っ張んなっ」
しかし。聞く前に、ずるずると店へ連行させられるのであった。
もちろん、真歩は膨れっ面である。
「おおっ、美味しいじゃないか! このクレープ」
ムニムニとクレープを頬張りながら、笑う真歩の姿がそこにあった。三分前までの膨れっ面だったことが不思議なくらいの幸せそうな笑顔だ。
――もっもっもっもっ。
「んりゃあ、良かったな」
安心して、つられて境も笑顔になる。
――もっもっもっもっ。
境たちは、歩く人の邪魔にならないように道の端で食べていた。
ついでに。
さっきから。
もっもっもっもっと、音がするのは、ルナが一心不乱にクレープを食べているからである。一口目で目を輝かせたと思ったら、次の瞬間からもっもっもっもっと勢いよく食べ始めたのだ。その小さな口でついばむように食べるルナの姿は、どこか小動物のようだ。
パクりと、クレープを食べた瞬も、美味しそうに目を細める。
「うーん、確かに美味しいね。僕はあまりクレープとか、勇気無くて買えないけど……。でもこんなに美味しいなら、また食べたくなっちゃうよ」
「でしょでしょっ!」
と、真歩が頷く。
「ここのお店のね、クレープは、今ね、ネットで凄い有名なのさ! 味も、見た目もね!」
どこか興奮したように真歩が説明をした。
もしも、真歩に
そして、またムニムニと頬張り始める。
「…………」
境は。それを、しばらく見つめ。
「……あ」
真歩の頬っぺたに、ホイップがチョン。
生地からあふれ出てしまったホイップが、真歩の頬についているのが見えた。
これはこれで面白いのだが。このままにしておくのはかわいそうだと思い、手を伸ばす。
「ちょっといいか? 真歩」
「ん? なんだい、キョウく―――」
スッと、頬のホイップを指で拭い取り。そのまま、ペロッと指を舐めた。
「へ……」
「ホイップついてた。気をつけろよ?」
そう言った瞬間。
かあああっと、真歩の顔が赤く染まる。
「~~~~っ!?」
そうかと思うと、次にバッと、瞬の後ろに隠れてしまった。瞬はいきなり隠れられて驚いている。
「え、ええ!? どうしたの? 真歩ちゃん」
「なななななんでも、ないぃっ!!」
「もしかして、如月君に―――」
「違う違う違うっ! 違うんだからっ!」
真歩は顔を隠して、しばらくは出てこないようだ。よくわからないけど、恥ずかしかったらしい。何でだ? 少し、考えてみる。
……ああ、なるほど。
「真歩は、ホイップがついたことを恥ずかしがってんだな」
「うん。凄い鈍いね、如月君」
鈍い……?、そう首を
「キョウ、キョウ」
と、声をかけられた。
「なんだ?」
見ると。
サンタがいた。
そこには、ホイップをべったり口につけて
そんな、ひげルナは、境の視線を受けて。
「あら? 何かしらキョウ。私の顔に何か付いてる?」
「いや、それで気づかないのおかしいだろっ!? ちょっと待ってろ、今、布を取りに――」
「えっ!? それじゃあ、意味がないじゃない! マフみたいに取っても良いのよっ!?」
「いやいや、もはやその領域じゃねぇ! ……あ、そこの店の人、布を貸して貰っていいか?」
「むうぅぅぅぅっ!」
頬を膨らませて納得いかなそうにするルナであった。
それに、瞬が
真歩も、
やんわりと、和やかな空気が四人の輪に広がる。誰もが笑顔で、笑い合っている。
その輪に入りながら、それを見ながら。
境は、「悪くはないかな」と。少しだけ、ほんの少しだけ、そう思うのであった。
その時だ。
その小さな幸せは、すぐに踏みねじられた。
ドッ、と。
急激に沢山の人が道に溢れ。境は、あっという間にのまれる。
「ぐ……!?」
なんとか、足に踏ん張りを入れて、立ち止まれた。その人の波は、まるで豪雨の後の濁流のようだ。
なんで、いきなり……。そう考える前に。
「キャアっ!?」
赤い髪が。
ルナが、目の前から消えた。
ハッとして、背後をすぐに振り返る。
「キョウ、キョウっ!?」
人の渦にさらわれていく中、涙目のルナが手を伸ばした。
反射的にその手を取る―――
「ぁ…………」
――前に、ルナが見えなくなった。
自分の伸ばした手は、
なぜだか。
嫌な予感がする。
胸が、ざわざわと唸る。
なぜだか。
もう、会えないような気がした。
すべてが、スローモーションに映る。
もう、声を聞けない気がした。
もう、終わりな気がした。
―――ここで、追いかけなければ。
ルナが遠くへ行ってしまう。
届かない、遠くへ、《《逝ってしま
う》》。
―――追いかけるんだ。
「――如月、君っ……?」
瞬の声が、後方から聴こえた。多分、近くにいるのだろう。
「すまねえ、シュン」
瞬の方を見ないまま淡々と言う。
「……え?」
「シュン、マフを頼む」
「え? なん……っ!? 如月君っ!?」
その声に振り返る事もなく、境はその場から走り去って行った。
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